oculus GO を手に入れた。

そんなわけでVRをいろいろ体験したいなと思っております。

大庭さんがツイッターでつぶやいているのを見て
ちょっと思ったのでメモ。

題して「あっち向いてホイゲーム」(そのままですな。)

ジャンケン画面

まずはジャンケンをします。

リズムにあわせてジャンケンを選びましょう。

ジャンケンに勝ったらあっち向いてホイ勝ちモード(メモ2へ)

ジャンケンに負けたらあっち向いてホイ負けモード(メモ3へ)

ポインターを相手の顔にあわせて、ボタンを押して、上下左右へドラッグ。

相手が同じ方向に顔を向けたら勝ち、+1ポイントです。

むけなかったら、ジャンケンモード(メモ1)に戻ります。

ジャンケンに自分が負けたときは、頭を上下左右に向けます。

相手の指示した方を選んでしまうと、顔が正面に来て、ムカつく表情を浮かべて近づいてくる。

・自陣に入られてしまうとゲームオーバー(勝つと1ポイント、負けるとマイナス1ポイント、先に5ポイントとった方が勝つ)

・3ポイント先取とか10ポイント先取とか選べるといいかもしれない。
・自分が勝つと相手が遠のく
・バックミュージックはQueenのWe Will Rock You
ドン ドン ダン!(でジャンケン)
ドン ドン ダン!(であっちむいてホイ)
だんだんテンポが早くなる。
・フレディーの顔が近づいてくると面白いかもしれない。

 

他にもなんか思いついたら書きます。

ブラック・パンサーはリーダーが組織にとって大きな方向転換をするタイミングの勉強になると思った話。

先日、映画ブラックパンサーを見に行きました。

世の中が科学技術によってそのあり方が大きく変わろうとしている時代に、ワカンダという国の王様になってしまった若者は悩むわけですよ。

「ホンマに今までのままでええんかいなぁ?」

外の世界に送り込まれた同胞は、世の中を見て思うわけですよ。

「今までのままではいかんのではないか?」

人と人の繋がり方が変わってきている時代に、今までと同じやり方ではたしていいのだろうか?

その姿勢や行動は正しいのか?

もっと違う方法があるのではないか?

世の中のあり様が、すっかり変わってきて、今まで正しかったことが揺らいでしまい、判断や対応を誤ってしまうとすべてを失ってしまう、そういうリスクが大きくなっている今日このごろなわけです。

まず大きな変化としては「うそ」「ごまかし」「かくしごと」が難しい世の中になってきたということですな。

そこで取ることのできる戦略は「正直であること」しかなくなって来てる。

そして「筋を通す」「仁義を切る」こともますます厳格になっていくのかなと思います。

とはいえ、どんなに時代が変わっても、本質とか目的は変わらないわけですよ。

「ワカンダの人が幸せに暮らす。」そのためには「迫害されている同胞もみな幸せでないとダメだ。」

キリスト教がいうところの「隣人」の定義が電話のなかったころとは大きく違ってきているわけで、「みんな」という主語についてももっと深く考えないといけないよな、なんて思ったわけです。

ゴーストバスターズ 2016年版 


2016年度版のゴーストバスターズを見た。

ビル・マーレーの出ている元祖ゴーストバスターズは1984年の公開だったんですね。

自分はロードショーではなくテレビかビデオで見た記憶があります。

どうしても比較してしまいますね。

話の展開としては2016年版は1984年版の半分くらいのシナリオで、1984版未見の人はそっちを見たほうが面白いと思うかもしれません。

なんとなく、主役の女性陣に魅力を感じなかった。

なんでだろうか?

いわゆる美人タイプの主人公ではなく、なんというか普通のオバサンっぽいからなのだろうか?

キャラクターがよくわかんなかった。

シングルマザーとかLGBT的な要素はコメディだと入れにくいのかもしれない。

カメオ出演で前作の俳優さんが出ているので、そこが「おおぅ!」という感じだった。

最初20分くらいは面白いと思いました。

この映画の中で事務員を採用するために面接する場面があるのですが、

男性経営者が受付事務員を選ぶときに「見た目で選んで、中身はバカでも構わん」というような考えの人が多いので、その皮肉なのかもしれないと思ったりもした。

「お茶だけいれてりゃいい」とか「電話をつなぐだけ」とか「コピーをとるだけ」みたいな、女性事務員に対してそういう考えな男性マネージャーに対して、

「あんたの女性採用の基準と対して変わらんよ。」ということなんでしょうな。

採用面接するときに見た目で決めるというのは、そういうことなんかなと、

思った次第です。

あと、採用面接のときに経営理念とかそういうこと一切ないし、映画だから参考にならんですけど、時間も5分位で終わってたし、

採用面接に時間をかけない企業はまぁ似たようなものかもしれない。

ビジネスとしてやっていけそうもない感じがして、商売人としては、応援する気になれない。

アフガン・レポート

実話ベースの映画。

アフガニスタン南部のカジャキで地雷に囲まれた状況の中、次々と仲間が犠牲になっていくというお話です。

対人地雷というのは、吹っ飛んだら即死するというわけでなく、生かさず殺さずの状態にするのが目的。

この映画の中でも、最初に一人が地雷を踏んでしまうのですが、

その兵士を助けるために他の兵士がさらに地雷を踏んで、どうすればいいんだ一体、というような状況になっていく。

で、結局、こういう場合チームのメンバーは仲間を助けるのがいいのか、それとも見捨てるべきなのか、そういうことを考えてしまうわけですよ。

そういう絶望的な状況に置かれていて、救助はなかなか来ないし、敵はいつ来るかわからないし、選択肢はどんどん減っていく。

さて自分だったら、それぞれの人物の立場になって考えると、どれが正解なのか、どう行動するべきなのかがよくわかりません。

ただ、このときの全員の目標はただ一つ。

「全員が生きて戻る」

ということなんだろうなと、思いました。

だからこそ、最終的にああなったのだなぁと、(ここはネタバレになるので、どうなったのかは書きません)。

調べてみると今世界には5000万個くらいの地雷が埋まっているそう。

こわいなぁ。

「探検隊の栄光」を見た。

Amazonビデオのウォッチリストに入れていたら、いつのまにかプライム対象になっていたので見ました。

プライム対象になっていたのに、いつのまにかプライム対象じゃなくなる作品も多く、見たい作品を見つけたときは、有料無料に関係なくウォッチリストに追加するのです。

主演の藤原竜也さんが、最初は馬鹿馬鹿しいなぁと思いながらも「次第に視聴者を楽しませたい」というスタッフの熱意に流されて、熱く仕事に目覚めるというか、だんだん、その仕事が面白くなっていくところがよかったです。

ヤラセとか演出過剰とか、テレビ番組を作る上でエンターテイメントとして、どこまで「作り事」が許せるのかという考えもあるのですが、この映画に出てくるスタッフは「騙してやろう」というのではなく、「こうした方が面白い!」
「きっと視聴者は喜んでくれるはず!」という観点から「演出」をしているのだと思います。

現場が楽しむこと、本気でやること、そして何よりも視聴者(お客様)を喜ばせることに熱意と情熱あれば、大抵のことは許される、

くらいに考えていたほうが面白いのであろうと思います。

昨今、このようなドキュメンタリー・エンタテイメントはテレビでほとんど見ることができません。

自分が子供の頃にみていた「川口浩探検隊シリーズ」「水曜スペシャル」は、今考えるとドキュメンタリーの姿を借りたエンターテイメントショーだったのだなぁと、

で、作り事や多少の嘘であっても、それをわかった上で楽しむというのが、自分は好きなんだなぁと思った次第です。

書籍が株券化する未来を考えてみる。

「漫画の海賊版許すまじ」というニュースがあったのでいろいろ考えてみた。

要は、著作者に利益が還元する仕組みがないのが問題だよね。

ということは利益が還元する仕組みがあればいいということで、いろいろ考えてみたら、ちょっと怖くなってきたのでいろいろ書き出しておく。

書籍の価格は著作者が決める。これは無料でもいいし1冊が100万円でも1億円でもいい。決めるのは自由でその価格で買う人がいればいくらだってかまわない。

出版数(いわゆる初版)はこれも著作者が決める。いきなり10万部でもいいし、1冊だけでもいい。

で当然ながら

アマゾン・マーケットプレイスで売買もできる。

販売価格が2000円の書籍を20万円で売るのも、逆に販売価格が5万円の書籍を30円で売るのも自由だ。

で、肝心なのはこのアマゾン・マーケットプレイスでの販売価格の何%かが、必ず著作者に還元されるような仕組みになっていればいいのではないか?

1冊200万円の電子書籍を10冊だけ販売して、

マーケットプレイスでの還元価格を30%とかに設定する。

マーケットプレイスでは同じ書籍が200円だったり250万円だったりとにかくいろんな価格で流通する。

200円で売り買いされれば60円が著作者に、

250万円で売り買いされれば75万円が著作者に、アマゾンから振り込まれるようになるのだ。

当然、投機的なスジの取引を行うものも出てくるだろうし、作者の望まない価格で取引されてしまい、読んでほしい人が手に入りにくい状況も産まれるかもしれない。

そんなときは、部数を増やせるようにするのだ。

著者の再販します宣言で取引価格の暴落みたいな事態もあったりするのだと思う。

「せどり」とかが一巡して新しいマネタイズの仕組みが出版業界に入ってくるかもしれない。

キンドルは21世紀の証券取引所になるのかもしんない。

働き方革命の第一歩は、学校を休んでディズニーランドへ行くこと。

「日本の休むことへの嫌悪感と「ズル休み」について思うこと」という記事を読みました。

本当にもっと休んだほうがいいと思うのですが、この「休む=ズルい」というような感覚、どうしたら払拭できるのだろうか?

もちろん、親である自分たちの世代が、ガンガン休暇を取って、子どもをつれて、平日に旅行したりレジャーに出かけたりするのが第一だとは思うのですが、

妬みなのか僻みなのか「休んでズルい」という空気はなかなか払拭できないと思う。

とりあえず第一歩としては、

世の中の経営者とか有名な人とかから始める。

まぁ最初のうちは「けしからん」とか「とんでもない」とか「休めない人もいるんだぞ!」みたいな批判が集まるでしょうよ。

テレビのワイドショーなんかで

「芸能人の◯◯さんが、自分の子どもを休ませてハワイへ!」みたいな見出しでバッシングするかもしれません。

けど、そういう声に負けないで、子どもといっしょに休暇を取って遊びに行くのですよ。

そういうことの積み重ねが大切なのです。

あと、文部科学省が通達するのもいいと思う。

「保護者の休暇などにあわせて個別に学校を欠席することを推奨します。」

とかなんとかそういうことをお上が言わないと日本人はやっぱり休み取れないと思うのですよ。

「学校は休んじゃいかん」というのではなく

学校を休んでディズニーランドへ行くとか、

学校を休んで阿蘇クマ牧場へ行くとか、

学校を休んでラスベガスに行くとか、

学校を休んで冬山登山するとか、

学校を休んで家でダラダラ過ごすとか、

まぁなんでもいいんですよ。

とにかく幼少期の経験というのは、やはりかなり強い影響があるとおもいますが、

小学生のうちに、毎週のようにクラスの誰かが休暇取って旅行していたら、

「なんか長期休暇取らないほうがバカなんじゃなかろうか」

という気分になること間違いなしなわけですよ。

「保護者が有給休暇を取得できない家庭に配慮」云々なんてことを言ってるといつまでたっても有給休暇の消化率なんて上がらないわけです。

なによりも、連休だとか、週末とかに、旅行したりすることが集中しなくなれば、経済も効率よくまわっていいことずくめですよ。

学校を休んで旅行に行ったりレジャーを楽しんだりすることが当たり前になれば、そういった経験をした子どもが大人になった時、長期休暇をとることが、ごく普通の空気になってると思いますよ。

大切なことだからもう一回言います。

休暇取ったら、平日に学校を休んで子供と遊びましょう。

イライラした人に引きづられないように、イライラが伝染しないように。

体調が悪かったり、なにか面白くないことで悩んでいたり、うまくいかないことがあったりしてイライラするのは仕方がないことだよね。

ただ、自分がイライラしているときに、八つ当たりしないようにしたい。

例えば会社で仕事がうまくいってないときに、

家に帰って奥さんや子どもにイライラをぶつけたりすることがあったりします。

仕事のことでイライラしているのに、そのイライラを紛らわすために

「料理がまずい」とか「もっと勉強しろ」なんていうのは、単なる八つ当たりで相手のためにもならない。

そういうときは

「これは八つ当たりだなー」とか自分の感情を客観的に文章化するのがいいのかもしれない。

一度書き出してみるとか。

実際に口に出す前に

「これは八つ当たりになっていないか?」というふうに自問自答したりすると、その言葉を飲み込めるような気がする。

あとは、

「ちょっとイライラして八つ当たりしてしまうかもしれない、そうなってたら言ってほしい。反省してそうならないように気をつけるから。」

と事前に相手に伝えておくのもいいかもしれない。

「寝不足でイライラしてる」とか

「お腹が痛くてイライラしてる」とか

よーするに相手にどうしていらいらしてるのか伝えておくと、仕草とか振る舞いが乱暴になっていても、そんなに気にならなくなると思うのだよ。

八つ当たりでみっともないというか、不機嫌を巻き散らかす人は、

自分の不機嫌の代償行為を無意識に他人に依存してしまうのが問題なんだと思う。

「あなたがいらいらして、なんかモノに当たったりしても、それについては私の関知するところではありません。」

と、イライラしがちな人に事前に伝えておくのもいいかもしれない。

どうしてドラッグは禁止なのか。

昨日の続きです。

一日考えてみました。

自分はドラッグは一度もやったことがありませんので、小説や映画の中での知識なのですが、

どうもドラッグというのは一回目からけっこうな躁状態になって効き目がつよいのでないのかということです。

初めてお酒を飲んだときは、あまり美味しいものではありませんし、飲みすぎるとけっこうな確率で二日酔いになります。

たぼこも、あまり美味しいものではありませんし、最初に吸ったときは煙たいだけで、どこがいいのかわかんない。

習慣化するまでのハードルが結構高い気がするのです。

一方ドラッグは簡単にハマるみたいです。

あんまり品質が良くないものだとバッドトリップとかいうただ単に気持ち悪いだけという場合もあるようですが、

ほとんどの場合、一発目からそうとう気持ちよくなるのではないでしょうか?

習慣化するまでの期間が短いのだと思います。

この「習慣化するまでが短い」というのは大抵の快楽ごとであるとか、ギャンブルであるとか、法律で規制されるものの大半が当てはまるように思います。

「習慣がかわれば人生がかわる」と言います。

いい習慣を身に着けたいと思います。

お酒の飲み過ぎはよくないですよね。