ハッピー・デス・デイ

同じ日を何度も繰り返すという映画はけっこう多いですよね。

いわゆる「ループもの」と呼ばれるジャンルで、「時をかける少女」「打ち上げ花火、下から見るか横から見るか」「バタフライ・エフェクト」「オール・ユー・ニード・イズ・キル」「8ミニッツ」「リピーティッド」「トライアングル」「loop」

それはもうたくさんありますよ。

それだけ「あのときに戻れたらやり直したい」という感情は共感を生みやすいのだろうなと思います。

今回も、二ヶ月前に戻れたら株を全部売っていたのに、くはぁどうしよ~という方も多いのではないかと思ったりします。

でもまぁ、映画みたいにはなりません。

現実は、時間を巻き戻すことなんてできないのですよ。

そうはいっても、なんとかやり直したいなと思う。

せめてこれから先は、いい生き方をしたいなと思うのですよ。

 

この映画の中で、最初に主人公が目覚める部屋のドアに、あるメッセージが書かれています。

”Today is the first day of the rest of your life.”

今日は残された人生の最初の日。

 

100日後に死ぬ人にとっては、毎日が残された人生の最初の日なわけです。

一応ホラー映画ですけど、あまりこわくありません。

ホラーテイストのコメディだと思います。

面白かったです。

映画「パラサイト」を見ました。

アジア映画初のアカデミー賞を取った映画パラサイトを見に行きました。

監督はポン・ジュノさん。

ポン・ジュノさんの作品で見たことがあるのは

「殺人の追憶」「グエムル」「スノーピアサー」「オクジャ」の四本。

なので今回のパラサイトは5本目ということになる。

ポン・ジュノさんの「母なる証明」はウォッチリストには入っているのだけれどもまだ見ていません。けっこう面白そうなので順番が来たら見る予定です。

これまでに見た映画の共通点を無理やり結びつけてしまう形になってしまうかもしれませんが、

「底辺」「どん底」「低層」という言葉。

上と下があれば下、しかも最も低いところに流れる「よどみ」に思考の焦点が当たります。

用水路であったり、排水溝や、階層社会の縮図とも言える列車の下層車両、あるいは屠殺場などが描かれている。

重なっても交わることがない断絶があると、で、それはもうそういうものとして受け入れるしかないのだという、諦めに似た気持ちに気がついてしまうのです。

「お互いにわかり会えない」ということを受け入れるのは難しいです。

「同じ人間なのだから話せばわかるはず」と人は考えるからこそ、うまくやっていけると信じられるのだけれども、

本当のところはどうしたってわかり会えない人間関係だってあって、それが民族とか血縁とか人種ではなく、個人個人の違いや性質に収斂してしまう。

収斂した個人がひとかたまりの群となって、ますます分断されるような世の中になってしまうのかなと思ったり。

なにかもっといい人と人の繋がり方っていうものがあるのだろうなと思うのですが。

折り合いをつけるということが必要ではない世の中をはたして求めていいものなのか、そういうことを考えたりします。

パンデミックな映画

ブログの更新 八日目です。
八日目の蝉という映画がありましたね。

それはそれとして先日「ラスト・デイズ」といフランス映画を見ました。

建物の外に出ると死んでしまうという正体不明の奇病が蔓延して、文明は崩壊。

なぜか生まれた子どもたちは病気になってなくてよかったねという、ストーリーなんですけれども。

今こそ世界ではパンデミックで大騒ぎなんですけれども、ここまで大騒ぎになってしまうのは映画やテレビ番組の影響もあるのかなと思います。

今まで見たことのあるパンデミック系の映画



けっこうたくさんあります。

今回のコロナウイルスは映画に出てき人類が滅亡してしまうような毒性はないのですが、経済的にはかなりきついところがありますね。

 

早いところ収まってほしいものです。

ゴーストバスターズ 2016年版 


2016年度版のゴーストバスターズを見た。

ビル・マーレーの出ている元祖ゴーストバスターズは1984年の公開だったんですね。

自分はロードショーではなくテレビかビデオで見た記憶があります。

どうしても比較してしまいますね。

話の展開としては2016年版は1984年版の半分くらいのシナリオで、1984版未見の人はそっちを見たほうが面白いと思うかもしれません。

なんとなく、主役の女性陣に魅力を感じなかった。

なんでだろうか?

いわゆる美人タイプの主人公ではなく、なんというか普通のオバサンっぽいからなのだろうか?

キャラクターがよくわかんなかった。

シングルマザーとかLGBT的な要素はコメディだと入れにくいのかもしれない。

カメオ出演で前作の俳優さんが出ているので、そこが「おおぅ!」という感じだった。

最初20分くらいは面白いと思いました。

この映画の中で事務員を採用するために面接する場面があるのですが、

男性経営者が受付事務員を選ぶときに「見た目で選んで、中身はバカでも構わん」というような考えの人が多いので、その皮肉なのかもしれないと思ったりもした。

「お茶だけいれてりゃいい」とか「電話をつなぐだけ」とか「コピーをとるだけ」みたいな、女性事務員に対してそういう考えな男性マネージャーに対して、

「あんたの女性採用の基準と対して変わらんよ。」ということなんでしょうな。

採用面接するときに見た目で決めるというのは、そういうことなんかなと、

思った次第です。

あと、採用面接のときに経営理念とかそういうこと一切ないし、映画だから参考にならんですけど、時間も5分位で終わってたし、

採用面接に時間をかけない企業はまぁ似たようなものかもしれない。

ビジネスとしてやっていけそうもない感じがして、商売人としては、応援する気になれない。

アフガン・レポート

実話ベースの映画。

アフガニスタン南部のカジャキで地雷に囲まれた状況の中、次々と仲間が犠牲になっていくというお話です。

対人地雷というのは、吹っ飛んだら即死するというわけでなく、生かさず殺さずの状態にするのが目的。

この映画の中でも、最初に一人が地雷を踏んでしまうのですが、

その兵士を助けるために他の兵士がさらに地雷を踏んで、どうすればいいんだ一体、というような状況になっていく。

で、結局、こういう場合チームのメンバーは仲間を助けるのがいいのか、それとも見捨てるべきなのか、そういうことを考えてしまうわけですよ。

そういう絶望的な状況に置かれていて、救助はなかなか来ないし、敵はいつ来るかわからないし、選択肢はどんどん減っていく。

さて自分だったら、それぞれの人物の立場になって考えると、どれが正解なのか、どう行動するべきなのかがよくわかりません。

ただ、このときの全員の目標はただ一つ。

「全員が生きて戻る」

ということなんだろうなと、思いました。

だからこそ、最終的にああなったのだなぁと、(ここはネタバレになるので、どうなったのかは書きません)。

調べてみると今世界には5000万個くらいの地雷が埋まっているそう。

こわいなぁ。

ゴーストスクワッド


井口昇監督の「ゴーストスクワッド」を見にいきました。

井口監督の作品で見たことがあるのは、「片腕マシンガール」「電人ザボーガー」「ヌイグルマーZ」「ゾンビアス」の四つしかまだ見ていませんのでファンとは呼べない自分なのですが、ツイッターで井口監督をフォローしていて、なんか面白そうなのと、タイミングよく東京へ出張する用事もあったので、渋谷アップリンクという小さな映画館に足を運んだのでした。

当日はけっこうな雨が降っていました。

前日と当日、20キロくらい歩いて疲れていましたし、映画館の中は暖房も効いて、椅子もゆったりしたタイプだったので、眠ってしまうかもしれない。

そう思っていたのですが、上映中一度も眠たくなることもなく、しっかりと最後まで見ることができました。

眠たくならなかったということですよ。

不条理な殺され方をした少女の復習が相手の生命を奪うことではなく、ある「救い」と「許し」だったことが、見終わった後になんというか心に染み込んでいきまして、いい映画だったと思います。

 

上映後、監督と、神門みのりさん、そして雑誌映画秘宝の田野辺尚人さんのトークショーもありました。

 

パンフレットを購入。

 

監督とみのりんのサインをしてもらいました。

 

しかし、こういうミニシアター系の映画って山口県に住んでると見ることが難しいので、amazonビデオとかhuluで見られるようになったらなぁ、と思ったり、でも大きいスクリーンで見るのもいいよな。

 

「探検隊の栄光」を見た。

Amazonビデオのウォッチリストに入れていたら、いつのまにかプライム対象になっていたので見ました。

プライム対象になっていたのに、いつのまにかプライム対象じゃなくなる作品も多く、見たい作品を見つけたときは、有料無料に関係なくウォッチリストに追加するのです。

主演の藤原竜也さんが、最初は馬鹿馬鹿しいなぁと思いながらも「次第に視聴者を楽しませたい」というスタッフの熱意に流されて、熱く仕事に目覚めるというか、だんだん、その仕事が面白くなっていくところがよかったです。

ヤラセとか演出過剰とか、テレビ番組を作る上でエンターテイメントとして、どこまで「作り事」が許せるのかという考えもあるのですが、この映画に出てくるスタッフは「騙してやろう」というのではなく、「こうした方が面白い!」
「きっと視聴者は喜んでくれるはず!」という観点から「演出」をしているのだと思います。

現場が楽しむこと、本気でやること、そして何よりも視聴者(お客様)を喜ばせることに熱意と情熱あれば、大抵のことは許される、

くらいに考えていたほうが面白いのであろうと思います。

昨今、このようなドキュメンタリー・エンタテイメントはテレビでほとんど見ることができません。

自分が子供の頃にみていた「川口浩探検隊シリーズ」「水曜スペシャル」は、今考えるとドキュメンタリーの姿を借りたエンターテイメントショーだったのだなぁと、

で、作り事や多少の嘘であっても、それをわかった上で楽しむというのが、自分は好きなんだなぁと思った次第です。

どうしてドラッグは禁止なのか。

昨日の続きです。

一日考えてみました。

自分はドラッグは一度もやったことがありませんので、小説や映画の中での知識なのですが、

どうもドラッグというのは一回目からけっこうな躁状態になって効き目がつよいのでないのかということです。

初めてお酒を飲んだときは、あまり美味しいものではありませんし、飲みすぎるとけっこうな確率で二日酔いになります。

たぼこも、あまり美味しいものではありませんし、最初に吸ったときは煙たいだけで、どこがいいのかわかんない。

習慣化するまでのハードルが結構高い気がするのです。

一方ドラッグは簡単にハマるみたいです。

あんまり品質が良くないものだとバッドトリップとかいうただ単に気持ち悪いだけという場合もあるようですが、

ほとんどの場合、一発目からそうとう気持ちよくなるのではないでしょうか?

習慣化するまでの期間が短いのだと思います。

この「習慣化するまでが短い」というのは大抵の快楽ごとであるとか、ギャンブルであるとか、法律で規制されるものの大半が当てはまるように思います。

「習慣がかわれば人生がかわる」と言います。

いい習慣を身に着けたいと思います。

お酒の飲み過ぎはよくないですよね。

キングスマン ゴールデンサークル

映画を見に行きましたよ。

まぁあらすじはここでは置いておきまして、今回悪役として、ジュリアン・ムーア演じるサイコな女ボスは、カンボジアのあたりの山奥に潜んでましてこんな事を言うわけです。

「私は世界一のお金持ちなのに、こんなところに引きこもってる」

みたいな。

お酒とかタバコとかで合法的に儲けてる人にくらべて、私はぜんぜん評価されていない

それは、ドラッグが法律で禁止されているからだ

だからドラッグを合法にしろ

というロジックで世界を人質に取るわけです。

まぁ、納得は出来ませんがロジックとしてはわかんなくもない。

映画の中でも、

「酒やタバコの方がドラッグよりも習慣性も高いし健康にも悪い」

なんてことを言ってます。

で、お酒とかタバコはどうしてドラッグとちがって合法なんでしょう?

タバコは最近は禁煙のところが増えてきましたが、とりあえずは合法です(未成年はいけませんけど)

お酒はアル中患者とか見てると本当に危険だよなと思いますし、

そのあたりについて論考すると面白いかもしれません。

お正月とかどうしたいか?

今年の正月は、「紅白」も「わらってはいけない」も録画だけして結局ほとんど見なかった。

何をしていたのかというとアマゾンプライムでひたすら鋼の錬金術師のシリーズをすべて見るという、そういう三が日でした。

うーむ、あまり有意義とは言えません。

あとは娘達と2018年の予定を立てたりとか、嵐の番組を見ているのを横目にしながら、猫と遊んだりしていました。

あと元日はスターウォーズを見に行きましたよ。

音がでかかった。

来年は山ごもりと言うかテントでも張って、夜空の下焚き火を囲んで、お酒をチビチビしたいなぁなんてことを思った。

独身のころは冬キャンプとかしてたんですが、もう15年くらいやってない。

とりあえず来年はもうしないとキメたことをここに書いておく。

雑煮は作らない(おもち食べるの俺だけだし・実家とか親戚の家で食べるから)

紅白とか正月的な番組は見ない。(地上波は生で見ない)

年賀状は書かない。

袋入りのもちは買わない(鏡餅があるので)

あと三社参りを元日の夕方にしたのは正解だった。

駐車場とかスムーズに停められたので楽だったし、実家の挨拶もこの日に済ませたので、あとが楽だった。