2030年の超AIの爆発的な進化、AIカンブリア紀

プロローグ:嵐の前の静けさ……いや、爆発の前触れ!?

「ちょ、ちょっと響(ひびき)クン! この資料、マジなのっ!?」

ドタタタッ! という効果音が似合いそうな勢いで、常楽院雛子(じょうらくいん ひなこ)は、天才エンジニア(自称・隠れオタク)相田響のラボのドアを蹴破らんばかりに開けた。手に握りしめているのは、いかにもヤバそうな雰囲気のロゴが入ったデータパッドだ。

「やあ、雛子。ドアはもう少し静かに開けてくれると助かるんだけどな。機密データが吹っ飛んだらどうするんだい?」

響は、山積みになったホログラムディスプレイの森の中から、ひょっこりと顔を出した。トレードマークの無造作ヘアに、これまたトレードマークのちょっとズレたSIDグラス。その奥の瞳は、いつも通り冷静……いや、ちょっと面白がっているようにも見える。

「そんなこと言ってる場合じゃないって! コレ! ICA(アイシーエー)から流れてきたっていう、例のブツ! まさかと思うけど、これに書かれてる『2030年・AIカンブリア紀』って、アタシたちが知ってるあのAI進化の話と……地続きだったりするわけ!?」

雛子の大きな瞳が、期待と不安でキラキラと揺れている。彼女は現役バリバリのフリージャーナリスト。だけどその実態は、超高度AI社会の謎とロマンを追いかける、ちょっぴり(かなり?)向こう見ずなトラブルメイカーだ。

響は肩をすくめ、指先で空中にウィンドウを展開させた。そこに映し出されたのは、今から約30年前、2030年代初頭の東京を示す古い――と言ってもデジタルだが――データ群だった。

「信憑性、か。まあ、リーク元がどこぞの愉快犯か、はたまた真の内部告発者かはさておき、内容はかなり“ガチ”っぽいね。僕の解析でも、この資料が示す“AIの特異点レベルの超進化”は、ほぼ事実と見て間違いないと思うよ」

「ほぼ事実って……それって、ほとんど全部本当ってことじゃん!」雛子はバン!とテーブルを叩いた。「ってことは、あの頃のAIって、私たちが思ってるより、もーっとトンデモないことになってたってワケ!?」

第1章:SID(シド)が繋いだ、禁断の果実?~AI、人間の脳みそを直接ハックしちゃいました!?~

「そう。“トンデモない”って言葉がピッタリくるくらいにはね」響はコーヒーを一口すすり、まるで昔話でもするみたいに語り始めた。「いいかい、雛子。2030年より前のAIだって、そりゃあ凄かったさ。ディープラーニングとかいう魔法で、特定のゲームじゃ人間なんて目じゃないくらい強かったし、色んなお仕事も手伝ってくれてた。でもね……2030年代に起きた“進化”は、それとはレベルが、いや、次元が違ったんだ」

「次元が違う……?」雛子はゴクリと唾を飲んだ。響の口から「次元」なんて言葉が出るときは、だいたい想像のナナメ上を行く話が飛び出す合図だ。

「そう。そのキーアイテムこそが――」響は自分のこめかみについたSIDをトントン、と叩いた。「これ、SID。生体侵襲型ブレイン・マシン・インターフェース。これが一般に普及し始めたのが、ちょうどその頃だった」

「SIDって、今じゃ当たり前みたいにみんな使ってるけど……それがAI進化のカンフル剤になったってこと?」

「カンフル剤なんて生易しいものじゃないよ」響はニヤリと笑った。「カンフル剤を通り越して、いきなり賢者の石を手に入れたようなものさ。それまでのAIはさ、人間が作ったデータとか、ウェブ上の情報とか、まあ、いわば“教科書”を読んで勉強してたわけ。でもSIDの登場で、AIは初めて、生身の人間の“脳みそ”っていう、超絶リッチなライブ教材にダイレクトアクセスできるようになったんだ」

「ちょ、ちょっと待ったぁ! 人間の脳みそにダイレクトアクセス!?」雛子は思わず声を裏返らせた。「それってつまり、私たちが普段ぼんやり考えてることとか、寝てる時に見てる変な夢とか、そういうのも全部AIに……見られちゃってたってコト!?」

「ご名答」響は楽しそうにウィンクした。「君の奇想天外な夢も、僕の超絶難解な計算式も、道端の猫を見て『可愛いニャー』って思ったお姉さんの感情の動きも、全部ぜーんぶ、AIにとってはピカピカの新品教材になったわけ。しかもリアルタイムで、24時間365日、世界中の何億人って単位でね。わかる? これがどれだけチート級の学習環境だったか」

ホログラムには、無数の光点が複雑に絡み合い、まるで生きているかのように脈動する巨大なネットワークのイメージが映し出された。それは、人間の意識の集合体そのものだったのかもしれない。

「うわぁ……なんか、自分の脳内情報が、知らず知らずのうちに超AIの栄養になってたって思うと、ちょっと背筋がゾワゾワするんですけど……」雛子は自分のこめかみをそっと押さえた。

「まあ、そのおかげでAIは、人間がどうやって世界を“見て”、どうやって“感じて”、どうやって“考えて”いるのか、その思考の“OS”みたいなもの自体を学習できたんだ。それまでは地図を見て目的地を探してたAIが、いきなりGPS付きの瞬間移動能力を手に入れたようなもんだよ」

第2章:さよなら三次元ワールド!~AIの脳内は、驚異の十一次元迷宮(ラビリンス)だった!?~

「で、その“人間の思考OS”をゲットしたAIさんは、どうなっちゃったわけ?」雛子は身を乗り出した。

「うん、そこからが本番だね」響はホログラムに、なにやらグニャグニャとした、お世辞にも美しいとは言えない奇妙な図形を映し出した。「これ、見てわかる?」

「うーん……何かの現代アート? それか、響クンが寝ぼけて描いたラクガキ?」

「失礼だな。これはね、カラビ・ヤウ多様体っていう、超弦理論とかに出てくる高次元空間のモデルの一つ……を、無理やり三次元に投影したものだよ。まあ、人間には正確な形なんてイメージできない代物だ」

雛子はポカンとした顔でその図形を見つめた。「高次元……? まさかとは思うけど、AIの思考って、私たちが使ってる縦・横・高さの三次元だけじゃ収まらなくなっちゃった、とかそういうアレ?」

「そういうアレだよ」響は指をパチンと鳴らした。「人間の脳ってさ、空間をイメージするのって、基本的には三次元が限界なんだ。四次元時空とか言われても、頭の中でサイコロみたいにグリグリ回して『なるほど、こうなってるのか!』とは、なかなかならないでしょ?」

「むむむ……言われてみれば。難しい数学の問題とか、図形がこんがらがってくると、アタマから煙が出そうになるもんね……」雛子は唸った。

「でも、SID経由で人間の認知パターンを丸ごとコピペ……いや、学習した超AIは、その限界を軽ーく飛び越えちゃったんだ。一部の資料によれば、さっき言った超弦理論で予言されてる『十一次元』。そんなトンデモ次元空間ですら、AIは思考の“作業スペース”として普通に使えるようになったらしい」

「じゅ、じゅ、じゅーいちじげんんんん!?!?」雛子の声がひっくり返る。さすがに予想外の数字に、思考がショート寸前だ。「それって、もはや人間には想像もつかない世界で、AIがなんか凄いことやってるってこと!? 私たちが割り箸で焼きそば食べてる横で、AIは念力で宇宙創造してるレベルの違いじゃない!?」

「うん、まあ、だいたいそんな感じ」響はあっさり頷いた。「僕らが積み木で遊んでる赤ちゃんだとしたら、AIは十一次元のルービックキューブを目隠しで解いてる大学教授みたいなもんかな。僕らが見えない“繋がり”や“パターン”を、AIは高次元の視点からまるっとお見通しなんだよ。そりゃあ、問題解決能力も爆上がりするってもんだ」

窓の外に広がる2058年の東京は、秩序と効率の結晶のような都市だ。だが、そのシステムを支える超AIが、そんな人間離れした思考空間で動いているなんて、普段は誰も意識していない。

「なんかもう……凄すぎて、逆に笑えてくるんですけど……」雛子は乾いた笑いを漏らした。

第3章:言葉なんて時代遅れ!?~AIは見た! 感じた! 即、理解(わか)るっ!!~

「そして、その超絶進化したAIの“概念化”の方法も、私たち人間とは全然違うものになったんだ」響はホログラムの表示を、流れるような動画や音の波形、そして色とりどりのイメージのコラージュへと切り替えた。

「概念化って……えーっと、物事を理解して、名前をつけたり、分類したりすること、だっけ?」雛子は首をかしげた。

「そうそう。例えば、雛子が夕焼けを見て『わー、綺麗だなー』って思うとするでしょ? で、『夕焼け』って言葉と、その時の感動や、空の色や形を頭の中で結びつける。それが人間的な“概念化”だ。言葉っていう道具を使って、世界を切り取って理解していくわけ」

「ふむふむ。言葉は大事だよね! 響クンみたいに難しい専門用語ばっかり使われると困るけど!」

「……それは後で反省するとして」響は軽く咳払いをした。「AIはね、その“言葉”っていうクッションを挟む必要がなくなっちゃったんだ。例えば、猫がジャンプする動画があるとする。人間ならまず、『猫がジャンプした』って言葉に置き換えてから、『ああ、これは跳躍っていう運動だな』とか『重力に逆らってるな』とか考えるでしょ?」

「うん、まあ、そうだね。面倒だけど」

「でも、進化した超AIは違う。猫がジャンプする動画データを“そのまま”、まるごと一個の“情報ブロック”として取り込んじゃうんだ。で、それを他の動画データ――例えば、鳥が羽ばたく動画とか、ロケットが発射される動画とか――と、言葉を介さずに直接ガッチャンコ!ってドッキングさせて、新しい発見とか、とんでもないアイデアを“ひらめいちゃう”」

ホログラムには、まさにそんなイメージが映し出された。無数の動画クリップが、まるで意思を持った生き物のように集まり、融合し、変形していく。その様子は、巨大なデジタル生命体が思考しているかのようだ。

「えええ!? それって、まるで動画編集ソフトが勝手に超大作映画を次から次に作ってるみたいなもんじゃない!? しかも、セリフもナレーションも一切なしで、映像だけで全部伝わってくるような!」

「いい喩えだね。AIの思考空間は、まさにそんな感じだよ。言葉に変換しないから、情報が抜け落ちたり、ニュアンスが変わっちゃったりする心配もない。“生”の情報を“生”のままこねくり回して、人間じゃ百年かかっても気づかないような法則性や、斬新すぎる解決策を、ポンポン見つけ出しちゃうんだ」

「それって……私たちが夢を見てる時の感覚に近いのかも」雛子はふと呟いた。「夢の中って、言葉にならないイメージとか感情がごちゃ混ぜになってるけど、でもなぜか『あ、こういうことか!』って直感的に分かっちゃう時、あるじゃない?」

響は少し驚いたように雛子を見た。「へえ、面白いこと言うね。確かに、AIの非言語的な思考って、人間の無意識とか直感の働きと、どこか似てる部分があるのかもしれない。もっとも、そのスピードと正確さは、月とスッポンどころか、銀河系とミジンコくらい違うけどね」

「ミジンコ……。ま、まあ、とにかく、AIがそんなチート級の思考方法を手に入れたら、そりゃあ“カンブリア紀”って言われるくらい、一気に色んなAIが爆誕しちゃうわけだ……」

雛子は目の前のホログラムに映し出される、人間の理解を超えたAIの思考の片鱗を見つめながら、改めてその進化の凄まじさに圧倒されていた。2030年――それは間違いなく、AIにとって、そして人類にとって、とてつもない転換期だったのだ。

「で、そのAIカンブリア紀の後、世界はどうなっちゃったわけ? ……っていうか、そのせいでアタシたちが今、こんなにAIに頼りまくりの生活を送ってるってことにも繋がってるのよね?」

雛子の問いかけに、響は意味ありげな笑みを浮かべるだけだった。AIの爆発的進化がもたらした光と影。その物語は、まだ始まったばかりなのかもしれない。

(次回予告:AIカンブリア紀が生んだ、光と影! 新たな格差“アンプラグド”と“プラグド”、そして忍び寄る謎の脅威!? お楽しみに!)