働きたくないでござる

質問:人間はもしや働きたくない生き物なのではないですか?

AI:人間の働かないで生きたいという願望は一部の人には存在するかもしれませんが、一概に「人間は働きたくない生き物」とは言い切れません。人間は社会的な生き物であり、働くことによってさまざまな意義を感じたり、自己成長や達成感を得たりすることがあります。また、働くことで生活費を稼ぐことができ、自分や家族の生活を支えることができます。

ただし、働き方や労働環境によっては、ストレスや過労が問題となることがあります。このような場合、働かないで生きたいという気持ちが生まれることもあります。最近では、労働環境の改善や働き方の多様化が求められており、働きやすい環境を整えることが重要とされています。

また、働くこと以外にも、趣味や家族との時間、友人と過ごす時間など、人間はさまざまな活動や関係を通じて人生の価値や喜びを感じます。働くことが人生の一部であり、バランスの取れた生活が重要だと考えられます。

質問:働かないで生きたいという願望を持つ人間は何%くらい存在しますか?フェルミ推定してみてください。

AI:フェルミ推定は、正確なデータがない状況である程度の推測を行うための方法です。ただし、働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合に関する正確なデータはなく、また、人々の価値観や状況によってこの願望は変化するため、非常に大まかな推定しかできません。

さらに、この願望を持つ人の割合は、国や地域、文化、経済状況によって大きく変わると考えられます。

そうした前提を踏まえて、フェルミ推定を試みます。

世界人口: 約78億人 (2021年時点)
労働年齢人口(15歳以上): 約60% (大まかな推定)
労働年齢人口は約46.8億人となります。働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合が10%だと仮定すると、約4.68億人がそのような願望を持っていることになります。

ただし、この推定はあくまで大まかなものであり、実際の割合は多くの要因によって変動するため、正確さには限りがあります。

質問:東京都市圏の場合はどうですか?

AI:東京都市圏の場合も、正確なデータがないためフェルミ推定を行います。働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合に関するデータはなく、人々の価値観や状況によってこの願望は変化するため、非常に大まかな推定しかできません。また、東京都市圏の労働環境や働き方に関する特徴も考慮する必要があります。

東京都市圏の人口は約3,800万人(2021年時点)です。労働年齢人口(15歳以上)は約60%と仮定すると、約2,280万人が労働年齢人口です。

東京都市圏は、多様な働き方があり、企業や職種によって労働環境が大きく異なります。一方で、過労や働きすぎが問題とされることがあり、働かないで生きたいという願望を持つ人がいると考えられます。ただし、その割合は様々な要因によって変動するため、一概には言えません。

仮に、東京都市圏で働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合が10%だとすると、約228万人がそのような願望を持っていることになります。

この推定も、あくまで大まかなものであり、実際の割合は多くの要因によって変動するため、正確さには限りがあります。

質問:山口県の場合はどうでしょうか?

AI:山口県の場合も、正確なデータがないためフェルミ推定を行います。働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合に関するデータはなく、人々の価値観や状況によってこの願望は変化するため、非常に大まかな推定しかできません。また、山口県の労働環境や働き方に関する特徴も考慮する必要があります。

山口県の人口は約138万人(2021年時点)です。労働年齢人口(15歳以上)は約60%と仮定すると、約82.8万人が労働年齢人口です。

山口県は都市部と地方部の働き方や労働環境が異なります。地方部では、地域特有の産業や雇用機会があり、働くことへの意義や満足度が都市部とは異なるかもしれません。ただし、その割合は様々な要因によって変動するため、一概には言えません。

仮に、山口県で働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合が10%だとすると、約8.28万人がそのような願望を持っていることになります。

この推定も、あくまで大まかなものであり、実際の割合は多くの要因によって変動するため、正確さには限りがあります。

質問:働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合を10%と仮定しましたが、都市圏と山口県では働き方や労働環境が違うので異なると考えられます。

経済規模や人口密度、企業数や業種の違いを考慮に入れて、東京都市圏と山口県の働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合をそれぞれフェルミ推定で教えてください。

AI:都市圏と地方では、働き方や労働環境が異なるため、働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合も変わる可能性があります。経済規模や人口密度、企業数や業種の違いを考慮して、東京都市圏と山口県でのフェルミ推定を試みます。

まず、東京都市圏の場合:

高い人口密度と経済規模があるため、競争が激しく、ストレスが大きい職場があることが考えられます。
多様な企業や業種が存在し、働きやすい環境を提供する企業もあると考えられます。
これらの要因を考慮し、東京都市圏で働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合を15%と仮定すると、労働年齢人口の約2,280万人のうち、約342万人がそのような願望を持っていることになります。

次に、山口県の場合:

人口密度が低く、経済規模も小さいため、競争が緩やかで、働きやすい環境が多いと考えられます。
ただし、地方部では雇用機会が限られており、自分に合った仕事が見つからない場合があります。
これらの要因を考慮し、山口県で働かないで生きたいという願望を持つ人間の割合を5%と仮定すると、労働年齢人口の約82.8万人のうち、約4.14万人がそのような願望を持っていることになります。

ただし、これらの推定はあくまで大まかなものであり、実際の割合は多くの要因によって変動するため、正確さには限りがあります。また、フェルミ推定は状況や仮定に基づいて行われるため、他の要因や仮定が変われば、推定値も変わる可能性があります。

勉強とか学習とか考えるとか

「りんごは果物だ」「果物は甘い」 よって 「りんごは甘い」
「ぶどうは果物だ」「果物は甘い」 よって 「ぶどうは甘い」

というような前提があったとして。

「みかんは甘い」だから「みかんは果物だ」
というのは学習から得られる成果としての「結論」なんだな。

人は、論理展開を学習することで予測を立てたり、答えを導いたりすることができる。

けれども、「〇〇は果物だ」「果物は甘い」よって「◯◯は甘い」という論理だけだと、その事例をいくつ積み重ねたとしても
「砂糖は甘い」だから「砂糖は果物だ」という推論も受け入れてしまうし
「砂糖は果物ではない」だから「砂糖は甘くない」なんていう論理も成り立ってしまう。

勉強はできるんだけど、賢くないっていうひとは、論理展開が一種類とか、多くても3つくらいなので、ちょっと複雑な状況を与えられるととんでもない結論を導き出してしまったりする。

勉強がたりないな、知識が足りないな、なんて考えて、自分なりの勉強や学習を積み重ねるのだけれども、

「すいかは甘い」「レモンは酸っぱい」「桃は甘い」という知識をやパターンを学習して蓄積していったとしても、帰納法と演繹法だけでは、その間違いから抜け出せないのだ。

「トマトはどうなんだ」という問いもあるし。
甘いトマトもあれば、甘くないトマトもあるし。

 

「そもそも甘いというのはどういうことだ?」
とか
「果物とはどういうものなのか」「甘いの他にもなにか定義があるのではないだろうか?」とか、

問そのものを見直したりするのが、すなわち「考えること」なんだろうなと思う。

勉強は大事なんだけれども「考える」というのは、あんまし学校ではやっていないし、むしろ「考えてはいけない」というようなことが多いのではないだろうかと思う。

学校の成績がよかったり、いい大学にいってたりするのはたしかに勉強が出来てかしこいのであるかもしれないけれども、

「考える力がない」というのはよく聞く話だったりする。

 

しで、自分もあんまり考えていないし、なんでも人間の脳というのは「できるだけ考えないようにする」という方向へ向かうようなのだ。

なにも考えなかったら、どんどん「考えない方」へ行ってしまうのだということらしい。

よく考えていきたい。

 

NFTという「権利者にお金が振り込まれ続ける」仕組み

NFT、なんだかここに来て話題になっていますよね。

NFT(Non-Fungible Token)とは一般に「ブロックチェーン上で発行される代替可能性のないデジタルトークン」をいうものとされていますが、本資料では、便宜上、NFTに関連づけられる画像や映像、それらが流通する市場等を含めて「NFT」と総称することがあります
というような説明が多いのだけれども、それってどういうこと??よく意味がわかんない、という方も多いと思いますし、自分もよくわかっているわけではありません。

僕が1998年に書いた「Net著作権宣言」という青臭いテキストが残っているのだけれど、その運用をするための仕組みなんだろうなというふうに解釈しています。

NFTというのは、要するにバージョン0の権利を持っている人間に、著作権バージョンが変更されたり受け渡しや売買があるたびに、なんらかの報酬が支払われる仕組みなんだろうなーと解釈するとわかりやすいのではないかなと思います。

リンク先の文章を書いた98年はネットも始まったばかりだったので、暗号資産とかそういう概念はなかったんですよ。
だから権利者に報酬が振り込まれたりとか、なんらかの手数料が介在するような仕組みがあればいいのになーなんてことも考えたりしていました。
で、「著作権フリー」がなんとなくかっこよかったし、当時のネットはフリーとかクリエイティブ・コモンズとかパブリックドメインとかがカッコよかったので収益を得るとか、情報を売買するというのは、ネット的にちょっと違うというかかっこ悪いのではないだろうか、なんてことも考えたりしていました。

で結局NFTというのは、なんらかのデジタルデータ、例えば画像にくっついている、「この画像は金子義亮の所有物であります」という「証明書」なんですよ。(たぶん、証明書というか取引元帳みたいなものかもしれない)
Neco
そんでもって、その情報はブロックチェーン技術によって第三者による記録の改ざんが出来ないようになっているわけです。

電子データそのもの、つまり、このgif画像は、複製も可能だし加工もできちゃうし、なにか動画に取り込んだりすることも出来ますし、自由に売買することも、もちろんできます。

ただ、NFTという「証明書」もくっついているので、許諾を得たり、売買されたり、複製されたりするたびに、その情報が「証明書(トークン)」に書き加えられていくわけですよ。

例えば、2023年にこのgif画像が100万円で売買されたとします。
その情報がトークンに書き込まれて、それによって権利を所有している金子義亮は、その時に
「1%の手数料を得ることができる」とかなるわけですよ。
次に、2024年に10人にコピー配布した際に5000円ずつ契約金をもらったから、そのうちの3割にあたる1500円が10人から振り込まれて15000円儲かるとか、なんらかの代金の授与があったとき「トークンに紐づけされた口座にお金が振り込まれる」
というようなことになるわけです。

つまりNFT取引で「1000万円の価格がついた!」みたいなときは、
その権利を買い取ったのであり、未来永劫入ってくるであろう手数料収入のようなものが、期待値となって価格に反映される。

というのが、自分の理解しているとこです。

ただねぇ・・・、

実際のところ現実的に、そういう機能は実装されているのかっていうと、まだないです。(あるのかもしれんけど、いまのところ知らないです)

プロトコルや共通するルールもないですし、ビットコインと紐づけされているのかっていうと微妙なところだし、保証の担保も、法的にも、技術的にもモヤっとしていますし、仮想通貨をまたいでもその権利の移転は問題なく行うことができるのか?とかね、こえるべきハードルが多いのだろうなと思います。

 

個人的には、
1.「権利はフリーなんだけれども、なんかするたびに、開発者に一定の報酬が支払われる仕組み」

2.「その仕組を売買するためにつくられた技術(仕組み)がNFT」

3.「一定の報酬が支払われる仕組みそのものはまだ実装されていない」
ということなので、
3の「報酬が支払われる仕組み」を頑張って構築してもらえるともっと盛り上がるのではないかなぁと考えています。

汝平和を欲さば、戦への備えをせよ

見ました。
もうこれでもかってくらい人を殺していくのですけれども、ストーリー的にはとにかく、襲ってくるからぶっ殺す!

そう、自分は殺し家業から足を洗って平和に暮らしたいだけなのに、なんかよくわからない理由で殺し屋がやってくるので、仕方がないから殺っちゃうんですよ。

で、まぁ伝説の殺し屋のジョンなわけですから、かんたんにやっつけてしまうわけです。

汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」(Si vis pacem, para bellum)は、ラテン語の1700年くらい昔のことわざなんだそうた。

パラベラムというのは、戦への備えをしとこうということで、
自衛のための戦力は磨いておかんといかんよというような意味なんだろうね。

アメリカが銃社会っていうのも、根底には同じものが流れているんでしょうかね、確か拳銃の名前でピースメイカーっていうのもありましたな。

2022年3月

21世紀の四分の一が終わろうとしている。
この25年で変わったものは何なのか。
帝国の終焉と新しい帝国の発生

バーチャルな帝国としてのSNSのプラットフォームやワールドワイドのwebサービス。

帝国の終焉として、過去歴史上に現れた「帝国」がどんな歴史を辿っていったのかを学ぶこと。
オスマン帝国、ローマ帝国、ペルシャ帝国、ワッハーブ朝とか、古今東西、様々な帝国が勃興した。
気候の変動や技術革新によって変わってきた帝国の形

土器の発明や、印刷技術、もちろんITも技術革新、過去の様々な技術革新が新しい「帝国」を生み出してきた。産業革命がイギリスとかアメリカを帝国化してる。
ネット革命によって、これまでの帝国が分解されるのだけれど、それは帝国という仕組みそのものがなくなるわけではなくて、あたらしい帝国的なものが誕生するという。

そういう意味ではアップルも帝国だし、グーグルも帝国。アカウントは国民番号でありパスポートでありソーシャルナンバーなのだな。

あと地域ごとの独立とかもありかもしれん、

関西独立、大阪首都化計画とか、九州独立連邦とか、北海道樺太共和国とか、そいうククリの国家も出てくることがありうるかもしれないなぁとか、

国連加盟国数の変化とか、1990年以降にドカンと増えているけれども、そのときと同じような変化が、今後の10年で起きるかもしれない。

使っている言葉や文字、習慣や信仰が違っていると国家として一つにまとまっていると言えるのかどうかよくわかんないし。

そもそも国家に属するっていうのは、本質的にはどういうことなのかわかっているのか理解しているのかとか。

貧乏でなくて、少なくとも明日は今日よりマシか、今日と同じくらいの日常が続くんですよ。10年後の計画を立てて、その見通しが、まぁ間違いなくて、そこそこ幸せなんじゃないのかなっていう、共同幻想を持つことができないと、国家の維持というのは難しいのかもしれない。

英語のEMPIREは
「統治する(impero)こと(-ium)、統治するもの」がこの単語のコアの語源。

empire(帝国)⇒  empire(帝国)⇒  imperium(帝国、指揮権、司令部、軍事的権威、統治権)⇒  impero(指揮する、統治する、命令する)+-ium(名詞)⇒ im-(~の中に)+paro(準備する、配置する、備え付ける)⇒  pere-(もたらす)が語源。

emperor(皇帝)と同じ語源をもつ。

そもそも「統治」っていうのはどういう意味なのか、「統治される」というのはどういうことよ?っていう話もある。

あなたも私も誰かによって「統治されている」わけですよ。

統治されている自覚をもっているのかどうか?

「社会に属している」とか「統治されている」とか「支配されている」とかそういうことも文字化して考えることが大事。

 

 

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