基軸(変わらないもの)、機軸(変えるもの)

 

防衛大学校卒業式 内閣総理大臣訓示-令和8年3月14日、総理大臣は「日米同盟は安全保障のきじくです」と発言しています(8分03秒のあたり)

壇上に立った総理大臣は、新たに任官する若き自衛官たちに向けて訓示を述べた。

その言葉のひとつひとつが、この国の安全保障の姿勢を映し出している。

訓示の中で、ひとつの言葉が耳に残った。

「日米同盟は安全保障のきじくです」

音だけを聞いていると、あっさりと流れてしまいそうな一節だ。

しかし、ここで少し立ち止まって考えてみたい。

訓示という言葉は、日常ではそれほど使われない。

辞書的な意味を確認すると、「上位の者が下位の者に対して、心得や指針を言い聞かせること」とされている。

軍や官公庁の式典では定番の言葉だが、その響きには独特の重みがある。

訓示は単なるスピーチではない。

聴く者に行動の指針を与え、組織の方向性を示す言葉として機能する。

総理大臣が防衛大学の卒業式という場で述べる言葉は、新任の自衛官たちへのメッセージであると同時に、国内外に向けた意思表明でもある。

式典の言葉というものは、それを聞く相手が記者であれ、外国政府であれ、すべての耳に届くことを前提に選ばれている。

だからこそ、言葉の選び方が問われる。

「基軸」と「機軸」、どちらの意味で使ったのか

今回の発言で気になるのは、「きじく」という言葉の漢字表記だ。

「基軸」と「機軸」、この二つは読みが同じでも意味が異なる。

「基軸」は、「物事の中心となる軸」「根本的な基盤」という意味で使われる。

安定的な礎、揺るがぬ土台、そういったニュアンスを持つ言葉だ。

国際関係においては、「基軸通貨」という使い方が一般的で、他の通貨の価値を測る基準となるドルのような存在を指す。

「機軸」は、「物事の中心となる仕組みや方針」「核心にある働き」というやや動的な意味合いを持つ。

「新機軸を打ち出す」のように、新しい方向性や戦略の要という文脈で使われることも多い。

映像や速報を確認する限り、今回の発言は「基軸」として伝えられているものが多い。(実際そうなのだろう)

日米同盟を「安全保障の揺るぎない土台」と位置づけた発言、という解釈が自然だ。

もしそうであれば、日米同盟をあくまで静的な「基盤」として提示したことになり、同盟の柔軟な運用や見直しという視点よりも、現状維持・強化の姿勢を滲ませた言葉の選択ということになる。

日米同盟を「基軸」と断言していいのだろうか

ここで率直な疑問がある。

日米同盟は、本当に白黒はっきりと「安全保障の基軸」と言い切っていいものだろうか?

もちろん、日本の安全保障においてアメリカとの関係が重要であることは疑いようがない。

核抑止力、在日米軍のプレゼンス、情報共有の枠組み。

これらは現実として機能している。

しかし「基軸」と言い切ることには、別の含意が伴う。

基軸があるということは、それ以外はすべて従属的な位置づけになるということだ。

外交における多様な選択肢、対話の可能性、第三の道。

そうしたものが、あの一言によって狭められてしまわないだろうか。

世界はいま、単純な二項対立では語れない状況にある。

イランとの対話こそが最優先ではないか

中東情勢を見ると、イランの動向が地域の安定に大きく影響していることは明白だ。

核開発をめぐる交渉、周辺国との緊張、そして代理勢力を通じた影響力の拡大。

これらは軍事的な抑止だけで解決できる問題ではない。

日本はかつて、イランとの独自のパイプを持っていた。

アメリカとの同盟国でありながら、イランとの関係を比較的維持してきた数少ない国のひとつだ。

その立場は、外交資産として貴重なはずだった。

「基軸は日米同盟」という言葉を強調すればするほど、その独自のパイプが細くなっていく。

イランとの対話を優先できる余地が失われていく。

軍事的な緊張が高まる局面で必要なのは、圧力だけではなく対話の回路を保ち続けることだ。

日本にはその役割を担える立場があるはずなのに、みずからその可能性を狭めているように見えてしまう。

3月19日の訪米、なにが語られるのか

3月19日、総理大臣はアメリカを訪問し、大統領との首脳会談が予定されているという。

日米関係の現状確認、同盟の強化、経済・安全保障をめぐる協議。

そういった議題が並ぶのだろうと想像できる。

防衛大学の訓示は、そのための地ならしだったとも読めなくはない。

会談後には、なんらかの共同声明や表明が出されるだろう。

日米の連携を確認する言葉、同盟の重要性を強調する文言。

形式として整えられた言葉が並ぶ。

当然、公式に英訳された文書も公開される。

ただ、正直に言えば、日本はそこで踏み込んだことを言えないのではないかという予感がある。

イランとの対話についての独自の立場を打ち出すことも、中東情勢に対して日本ならではの視点を提示することも、おそらく難しい。

アメリカの立場を支持する言葉で包みながら、実態のあいまいな表現に落ち着く。外交的な配慮という名の下に、言葉を濁す。

それが現実だとわかっていても、もどかしさは残る。

言葉には責任が伴う

防衛大学の卒業式という厳粛な場で、総理大臣が語る言葉には重みがある。

新しい自衛官たちへの訓示であると同時に、この国の外交姿勢を示す発信でもある。

「基軸」という言葉で日米同盟を定義することは、一方では安定を示すが、他方では硬直性を示すことにもなりかねない。

外交は常に動き、状況は変化し、対話の相手は増減する。

固定された「基軸」という表現が、その変化への対応力を縛ることになれば、それは安全保障の強化ではなく弱体化につながりうる。

3月19日の首脳会談が、儀礼的な言葉の交換で終わるのではなく、日本が主体的な立場を示す場になることを願う。

中東への関与のあり方、イランとの対話の可能性、そして日本にしかできない外交の役割。

それらについて、少しでも踏み込んだ言葉が発せられるかどうか。

言葉を濁すことしかできないとしたら、それはこの国の外交にとって、痛い損失だと思う。

トランプ大統領を諌めることができるのか?

I will not hesitate to use nuclear weapons against Iran.
If they attack as they are doing now, I will detonate them over their heads without hesitation.

もしもこんなことをトランプ大統領が言ったりしたら、日本政府は迷わず彼を諌めることができるのだろうか?

日本政府がそれをするための根拠は、次の三つがありそう。

  • 憲法上の立場
    日本国憲法前文と9条は、武力行使の抑制と平和的解決を日本の基本原則として定めている。核兵器による先制攻撃や威嚇は、この理念と明らかに矛盾している。

  • 国際法・条約上の立場
    日本は核兵器禁止条約には参加していないものの、NPT(核不拡散条約)の非核兵器国であり、「唯一の戦争被爆国」として核軍縮・不拡散を訴える立場を一貫して掲げてきている。核の先制使用を公言することには、少なくとも「強い懸念」を表明する理由がある。

  • 政治的・道義的な立場
    広島・長崎の経験を背景に、日本の首相や外相が歴代アメリカ大統領や他国首脳に対して核使用の抑制・削減を求めてきた歴史がある。その線で「核兵器使用を示唆する発言は容認できない」と言うことは、本来は日本政府にとって一貫した態度になりうる。

要するに、「諌める資格がない」ということは全くない。

むしろ立場上は諌めるべき側であるのだと思う

問題は「できるか」より「やるか」なのだろう。

  • 日本の安全保障は米軍駐留と米国の拡大抑止(いわゆる“核の傘”)にかなり依存してる。対イランの軍事オプションを示唆する場面は、米国側からすると「同盟国は黙って支援してほしい」局面になりがちで、日本が公然と批判すると同盟関係の亀裂になりうる、という忖度がある。

  • 過去にも、アメリカが強硬な軍事行動や発言をしたとき、日本政府は「懸念」「注視」「遺憾」など、かなりマイルドな表現にとどめるケースが多かった。はっきり「それは間違っている」とは言わず、言葉を濁す傾向があるよね。

  • 日本国内の多くの有権者は核兵器使用には強く反対すると思われるけれど、同時に「アメリカとの関係を壊すな」という声も根強いと思うし、政府はその板挟みの中で、表向きは柔らかく、裏ではもう少し強く伝える(非公開ルートで諌める)という形を取る可能性もある。マスメディアには載らない伝え方もあるだろうし。

  • 公には「深刻な懸念を表明する」「核兵器の使用をいかなる場合でも避けるべきというのが我が国の一貫した立場だ」とか、遠回しな言い方にとどまるんだろうな。

  • 裏の外交ルート(電話会談、外務・防衛当局間協議など)では、「そのような発言は同盟国として非常に困る」「地域の緊張を高め、日本の立場も難しくなる」とか、もう少しストレートに伝える。

つまり、「迷わず強く公然と叱り飛ばす」というのは、相当ハードルが高くて、「表では遠回しに、裏では比較的はっきり言う」程度に落ち着く可能性が高い。

自分としては、総理には堂々と諌めてほしいと思うのだけど、しないだろうな。

現状維持という「賢明な選択」―なぜ我々は与党に投票するのか

序論:変化への拒絶は「停滞」ではなく「防衛」である

現代社会において、「変化」や「改革」という言葉は無条件に善として扱われがちです。

一方で、「今のままでいい」「変えたくない」という感情は、しばしば消極的、あるいは思考停止であると批判の対象になります。

しかし、最新の認知科学や経済学の知見に照らし合わせれば、この「現状を維持したい」という欲求は、決して怠惰によるものではありません。

それは、不確実な未来がもたらすリスクから、自らの生活基盤と精神の安寧を守ろうとする、極めて合理的かつ適応的な「生存戦略」なのです。

本稿では、与党への投票がもたらす「安定の配当」と、安易な変革が孕む「見えないコスト」について、多角的な視点から考察します。

1. 心理学的合理性:心の平穏を守る「システム正当化」

人間が現状の社会体制を肯定しようとする心理には、生物学的な裏付けがあります。心理学における「システム正当化理論」によれば、人は現在の体制を「正当で望ましいもの」と信じることで、将来への不安やストレスを大幅に軽減しています。

現状を肯定することは、不確実な世界を生き抜くための「精神的安定剤」として機能し、私たちの主観的な幸福感を支えています。

また、行動経済学が示す「損失回避(現状維持バイアス)」の知見によれば、人間は「改革によって得られるかもしれない不確実な利益」よりも、「現在の生活が崩れるという確実な損失」を圧倒的に重く受け止めます。

したがって、「今のままでいい」と考え、与党に一票を投じる行為は、予見可能な損害から自身と家族を守るための、能動的かつ賢明な心理的防衛策であると言えるのです。

2. 経済学的合理性:政治的安定こそが最大の経済対策

マクロ経済の視点に立つと、政権の継続性がもたらす「予見可能性」こそが、健全な投資と成長を促す最大のエネルギーとなります。

IMF(国際通貨基金)の研究等でも実証されている通り、頻繁な政権交代や急激な政策変更といった「政治的不安定性」は、投資家のマインドを冷え込ませ、GDP成長率の低下やインフレを招く大きな要因となります。

企業や海外の機関投資家が最も嫌うのは「不透明な変化」です。

与党が信任を得て、政策の一貫性が保証されることは、長期的な経済成長を支えるインフラを整えることと同義です。

現状の経済環境を維持し、予測可能な未来を確定させることは、自身の資産を防衛し、持続可能な繁栄を確保するための最も確実な投資戦略なのです。

3. 歴史的教訓:繰り返してはならない「失われた時間」

私たちは歴史から、無計画な「変化」がいかに高い代償を伴うかを学んでいます。その最たる例が、2009年の政権交代に伴う混乱です。

当時は「変化のための変化」が叫ばれましたが、結果として待っていたのは、法治主義の軽視や政策決定プロセスの迷走による行政の機能不全でした。

外交的信頼は失墜し、経済的利益も大きく損なわれました。

当時、日本市場は世界経済の回復基調から取り残される「デカップリング」に陥り、国際社会からの信頼を失いました。

この「失敗の記憶」を持つ有権者にとって、現状維持を選択することは、感情的な固執ではありません。

過去の過ちを冷静に分析した結果として導き出された、「学習効果」の表れなのです。

結論:確実な「現在」を選ぶ勇気

2024年から2026年にかけての日本経済は、現行体制のもとで緩やかな回復基調が続くと予測されています。

あえて不確実な「変化」という名のギャンブルに身を投じ、現在の手堅い歩みを止める必要はどこにもありません。

「何も変えなくていい」という意思表示。

それは、私たちが今享受している平和、安全、そしてささやかな日常を、責任を持って次世代に継承しようとする、最も堅実で理性的な政治参加の形なのです。

不確実な明日を追うのではなく、確実な今日を守り抜く。そのための選択こそが、与党への一票に集約されているのです。

 

#これは皮肉です

 

 

それにしてもTylaかわいいですよね。

 

ChatGPTにマクロを作ってもらった。

Googleカレンダーに予定をインポートするのに、今まではデータを切ったり貼ったりしていたんだけれども、もっと楽な方法はないものかと思ってAIに相談しました。

以下よしすけとChatGPTの会話です。

よしすけ


エクセルのスクリーンショットをペーストしてCSVファイルの9行目までをペースト。

やりたいことを指示しました。

ChatGPT

いいですね、これは典型的だけど意外と手でやると面倒なやつです🙂
**「1 が入っている列名を、日付とペアにして縦に吐き出す」**マクロを書けば一発です。


前提(今のCSV/Excelの形)

  • A列:日時
  • B列以降:人名(中村、社長、金子茂子…)
  • セルの値が 1 のところだけ有効
  • 1行に複数人いる場合は、その人数分だけ行を増やす

出力形式

2026/4/1,大田
2026/4/4,中村
2026/4/4,社長
2026/4/4,金子茂子
2026/4/5,前田
2026/4/6,中村
2026/4/7,金子茂子

VBAマクロ(そのまま使えます)

Sub ConvertCSVStyle()

    Dim srcWs As Worksheet
    Dim dstWs As Worksheet
    Dim lastRow As Long
    Dim lastCol As Long
    Dim r As Long, c As Long
    Dim outRow As Long
    
    ' 元データのシート
    Set srcWs = ActiveSheet
    
    ' 出力用シートを作成(既にあれば削除)
    Application.DisplayAlerts = False
    On Error Resume Next
    Worksheets("変換結果").Delete
    On Error GoTo 0
    Application.DisplayAlerts = True
    
    Set dstWs = Worksheets.Add
    dstWs.Name = "変換結果"
    
    ' 最終行・列
    lastRow = srcWs.Cells(srcWs.Rows.Count, 1).End(xlUp).Row
    lastCol = srcWs.Cells(1, srcWs.Columns.Count).End(xlToLeft).Column
    
    outRow = 1
    
    ' データ走査
    For r = 2 To lastRow
        For c = 2 To lastCol
            If srcWs.Cells(r, c).Value = 1 Then
                dstWs.Cells(outRow, 1).Value = srcWs.Cells(r, 1).Value
                dstWs.Cells(outRow, 2).Value = srcWs.Cells(1, c).Value
                outRow = outRow + 1
            End If
        Next c
    Next r
    
    ' CSVっぽく見せる(任意)
    dstWs.Columns("A:B").AutoFit

    MsgBox "変換が完了しました", vbInformation

End Sub

使い方

  1. ExcelでCSVを開く
  2. Alt + F11 → VBAエディタ
  3. 「挿入」→「標準モジュール」
  4. 上のコードを貼り付け
  5. Excelに戻って マクロ実行

「変換結果」シートに、希望どおり縦持ちデータが生成されます。


応用(必要なら)

  • CSVとして自動保存したい
  • 「1」以外(TRUE / ○ / ✔)でも反応させたい
  • 日付フォーマットを強制したい
  • 出力を既存シートに追記したい

このへんもすぐ拡張できます。
次はどこまで自動化します?

 


よしすけ

このデータ変換の目的はGoogleカレンダーにインポートするためなのですが、もっと手順を省くようなやり方があれば提案してください。


ChatGPT

目的が Googleカレンダーに入れるだけ なら、
正直いま考えている「Excel → マクロ → CSV」は やや重装備 です。
手順を削る方向で、現実的な選択肢を整理しますね。


結論から(おすすめ順)

🥇 方法A:Excelで一発生成 → そのままGoogleカレンダー用CSV

👉 マクロ1本・中間作業ゼロ

🥈 方法B:Googleスプレッドシートで直接変換

👉 Excelすら使わない/クラウド完結

🥉 方法C:Google Apps Script(完全自動)

👉 定期運用向け・一度作れば放置


🥇 方法A:Excelで「Googleカレンダー仕様CSV」を直接作る(最短)

GoogleカレンダーのCSVは、最低限これでOKです:

Subject,Start Date
中村,2026/4/4
社長,2026/4/4

つまり

  • 「日付 + 人名」= イベント
  • 時間がなければ 終日イベント で問題なし

改良版マクロ(そのままインポート可)

Sub ExportForGoogleCalendar()

    Dim ws As Worksheet
    Dim outWs As Worksheet
    Dim r As Long, c As Long
    Dim lastRow As Long, lastCol As Long
    Dim outRow As Long

    Set ws = ActiveSheet

    Application.DisplayAlerts = False
    On Error Resume Next
    Worksheets("GoogleCal").Delete
    On Error GoTo 0
    Application.DisplayAlerts = True

    Set outWs = Worksheets.Add
    outWs.Name = "GoogleCal"

    ' Googleカレンダー用ヘッダ
    outWs.Cells(1, 1).Value = "Subject"
    outWs.Cells(1, 2).Value = "Start Date"
    outWs.Cells(1, 3).Value = "All Day Event"

    lastRow = ws.Cells(ws.Rows.Count, 1).End(xlUp).Row
    lastCol = ws.Cells(1, ws.Columns.Count).End(xlToLeft).Column

    outRow = 2

    For r = 2 To lastRow
        For c = 2 To lastCol
            If ws.Cells(r, c).Value = 1 Then
                outWs.Cells(outRow, 1).Value = ws.Cells(1, c).Value
                outWs.Cells(outRow, 2).Value = ws.Cells(r, 1).Value
                outWs.Cells(outRow, 3).Value = "True"
                outRow = outRow + 1
            End If
        Next c
    Next r

    MsgBox "Googleカレンダー用CSV完成", vbInformation

End Sub

手順

  1. マクロ実行
  2. 「GoogleCal」シートを CSVで保存
  3. Googleカレンダー → 設定 → インポート

✔ 変換 → 整形 → インポート、全部1回で完了


🥈 方法B:Googleスプレッドシートだけで完結(Excel不要)

流れ

  1. CSVを Googleスプレッドシートにアップ
  2. 別シートで FLATTEN を使う
=ARRAYFORMULA(
  SPLIT(
    FLATTEN(
      IF(B2:G="",,A2:A&","&B1:G1)
    ),
  ",")
)

→ そのまま「日付・名前」リスト完成
ファイル → 共有 → CSVでダウンロード → インポート

✔ VBA不要
✔ マクロ禁止環境でもOK


🥉 方法C:Google Apps Script(最終形態)

  • CSVをDriveに置くだけ
  • 自動でイベント作成
  • CSVすら不要
CalendarApp.getDefaultCalendar()
  .createAllDayEvent(name, new Date(date))

👉 定期的に同じ形式のデータを流し込む人向け
(今回が単発ならオーバーキル)


判断基準まとめ

状況 ベスト
Excel使ってる 🥇 方法A
マクロ禁止 🥈 方法B
毎月やる 🥉 方法C

率直な結論

Googleカレンダーがゴールなら
「中間CSV」を作る発想を捨てたほうが速い

もし次にやるなら、

  • 人ごとに色分けしたい
  • カレンダーを分けたい
  • 時間帯(9:00–17:00)を入れたい

ここまで含めて設計できます。
どこまで自動化します?


よしすけ

(今回が単発ならオーバーキル)ってどういう意味ですか?やり過ぎっていうこと?


ChatGPT

そうそう、その理解で ぴったり合ってます 🙂

「オーバーキル(overkill)」 というのは、

目的に対して、手段や仕組みが必要以上に大がかり・強力すぎる
→ つまり やり過ぎ

という意味です。


今回の文脈で言うと

  • やりたいこと
    → 「この表を一回だけ Googleカレンダーに入れたい」
  • Google Apps Script案

    • スクリプトを書く
    • 権限設定する
    • Drive・Calendar APIの理解が必要
    • デバッグも発生する可能性あり

これを 一回きりの作業 に使うと、

🐜を踏みつぶすのに🛠大型建設機械を持ち出す

みたいな感じになるわけです。


だから「単発ならオーバーキル」

手段 適正
Excelマクロ ちょうどいい
スプレッドシート関数 ちょうどいい
Apps Script 継続運用前提なら最強/単発だとやり過ぎ

逆に「オーバーキルじゃなくなる瞬間」

もし今後こんなことが起きたら、話は変わります:

  • 毎月・毎週このCSVが来る
  • 担当者が変わっても自動で入れたい
  • 人が触るとミスが出る
  • カレンダーが業務の基幹になる

この場合は、

「一回で済む楽」より
「毎回考えなくていい仕組み」

の方が価値が出てきます。


まとめると

  • はい、「やり過ぎ」という意味
  • ただし 悪い意味ではなく
  • 「将来を見越すならアリ」な手段

言葉が少し乱暴だったので、そこ引っかかるのは自然です。
他にもIT用語で「これ日本語だと誤解されやすいな」というの、気になったらどんどん聞いてください。


1年に1回しかつかわないんですけど、どうですかね?


ChatGPT

率直に言いますね。
「1年に1回」なら、Apps Scriptはやり過ぎです。
しかも かなり


判断をハッキリさせると

年1回の作業に対して

手段 評価
Excelマクロ ◎ 最適
スプレッドシート関数 ○ まあ良い
Apps Script ✕ コスパ悪い

理由はシンプルで、

  • 1年後には
    「あれ?これどうやるんだっけ?」
    になります。
  • スクリプトは 思い出しコスト が高い。
  • 権限・仕様変更で 去年動いたものが今年動かない こともある。

1年に1回なら、いちばん大事なのは

「考えなくても再現できること」

技術的にカッコいいかどうかは、正直どうでもいいです。


おすすめの現実解(これで十分)

✔ Excelマクロを1本だけ保存

  • ファイル名例
    GoogleCalendar用_変換.xlsm
    
  • シートに 「①マクロ実行 → ②CSV保存 → ③インポート」 と書いておく

👉 来年の自分への説明書付き


さらに省力化するなら(ワンポイント)

  • マクロで CSVまで自動保存
  • ファイル名に年を自動付与
ThisWorkbook.SaveAs _
  Filename:="GoogleCalendar_" & Year(Date) & ".csv", _
  FileFormat:=xlCSV

※ここまでやっても、まだ「適正レベル」


逆に「やらない方がいいこと」

  • GASを書く
  • APIを叩く
  • 自動実行・トリガー設定

👉 1年に1回だと 必ず忘れる
👉 忘れる仕組みはストレスになる


結論

年1回 → 仕組みは「紙の手順書レベル」が正解

Excelマクロ+短いメモ。
これが一番ラクで、一番失敗しません。

もしよければ、

  • 「来年の自分向けコメント」をマクロに埋め込む
  • ボタン1個で完結させる

ここまで一緒に整えましょうか。


ちゃんと動きました。

 

 

「超かぐや姫!」を見た感想

まず言っておきたい。

「私は百合が好きだ」

誤解しないでほしいのは、これが単なる性的嗜好の話ではないということ。

ここで言う「百合」とは、女性同士の関係性が、社会が強要する「男女の恋愛と生殖」という規範から逸脱し、完結した宇宙を作ることを指します。

Netflixで世界独占配信が開始された映画『超かぐや姫!』を観終えた今、私の脳裏にはその確信が焼き付いている。

2時間22分に及ぶ長編アニメーションは、表向きはポップで煌びやかな「音楽×メタバース」のエンターテインメントだ。

本作の監督・山下清悟は、かつて『呪術廻戦』や『チェンソーマン』のOP演出で、キャラクターの関係性を情緒的に描く手腕を見せつけたクリエイターだ。

その彼が初の長編監督作で描いたのは、主人公「かぐや」と、彼女をプロデュースする女子高生「酒寄彩葉」のバディ関係である。

従来の商業アニメ、特に古典のリメイクにおいて、制作サイドはしばしば「現代的な解釈」と称して安易なロマンスを挿入したがる。

かぐや姫であれば、帝や貴公子との悲恋を強調するのが定石だろう。

しかし、『超かぐや姫!』において、男性キャラクターたち(ブラックオニキスの面々など)はあくまで脇役であり、かぐやと彩葉の間に割り込むことはない。

なぜなら、現代のコンテンツにおいて、必然性のない男女の恋愛はもはや物語の純度を下げる「ノイズ」になりかねないからだ。

かぐやと彩葉の関係は「恋愛」という既存の枠組みにはいない。

それは「プロデューサーと演者」という、創作を通じた共犯関係だ。(物語前半では親子関係ではあるが、それは数日で解消する)

彼女たちは子供を作る代わりに、楽曲を作り、ライブという「瞬間」を共有する。

この物語構造は、問いかける。「あなたにとっての『運命の人』とは、遺伝子を混ぜ合わせる相手なのか? それとも、魂の形(コンテンツ)を共に作り上げる相手なのか?」と。

本作の要は、仮想空間「ツクヨミ」の管理人でありトップライバーである「月見ヤチヨ」の存在だ。

8000歳という設定のAIである彼女は、底抜けに明るく振る舞いながら、クリエイターたちを見守り続けている。

しかし、物語が進むにつれて明らかになるのは、彼女こそが「かつて月に帰り、8000年の時を孤独に過ごし続けた“本物のかぐや姫”」であるという事実だ。

彼女は『竹取物語』の原典通り、帝や翁との別れを受け入れ、月に帰るという「バッドエンド」を甘受した存在だ。

ヤチヨのハイテンションな振る舞いは、8000年分もの孤独の裏返しのように思える。(監督の山下清悟は、「暗いものを抱えている人ほど明るく振る舞う」という演出意図を語っている。)

想像してみてほしい。

肉体を持たず、老いることもなく、ただデータとして8000年を生きることを。

それは「死」の克服であると同時に、終わりのない「生」の牢獄でもある。

ヤチヨが抱える「8000年の孤独」は、生殖(=寿命のある肉体の継承)を捨て、永遠の命(=データとしての保存)を得た存在が支払う代償でもある。

でも、この「孤独」を単なる悲劇として終わらせない。

ヤチヨが歌うメインテーマのタイトルは「Ex-Otogibanashi」。

つまり「おとぎ話からの脱却」だ。

彼女は、かつて自分が逃れられなかった「月に帰る(=社会的な死と忘却)」という運命を、現代の新しいかぐやたちが、書き換えることを8000年間待ち続けていたのではないだろうか。

この物語でかぐやは、竹からではなく「七色に光るゲーミング電柱」から生まれる。

これこそが、本作が「自然への回帰」ではなく「人工による自然の超克」を志向している決定的な証拠なのかもしれない。

現代において、電柱とは都市の神経網であり、情報を伝達するインフラでもある。

そこから生まれたかぐやは、自然物(竹)の申し子ではなく、情報技術(テクノロジー)の申し子のように思える。

ここで思い出すのが「ゼノフェミニズム(Xenofeminism)」という思想だ。

スローガンは「もし自然が不当なら、自然を変えろ」

彼らは、身体的・生物学的な制約(性差や出産など)が不平等の源泉であるならば、テクノロジーを使ってそれを改変し、解放されるべきだと説く。

『超かぐや姫!』は、まさにこのゼノフェミニズムの実践なのかもしれない。

月見ヤチヨは、生物学的な母親から生まれる必要もなければ、子宮を使って子孫を残す必要もない。彼女の生命線は、ネットワークと電力、そして彩葉たちが生み出す音楽データだ。

物語の結末において示唆される「かぐや(ヤチヨ)の肉体(攻殻機動隊で言うところの義体)を作る」という解決策。

肉体という「自然の器」が限界を迎えるなら、テクノロジーで「新しい器」を作ればいい。

金とコネと技術を使って、愛する存在を地上に繋ぎ止める。

それは「運命」や「自然の摂理」に対する、人間の意志による勝利宣言だ。

私たちは今、人類史上初めて「選択」ができる岐路に立っているのかもしれない。

従来、生物としてのハッピーエンドは「セックスをして、子供を産み、遺伝子を次世代に残すこと」一択だった。

『竹取物語』の時代、かぐや姫が月に帰る(=結婚も出産もしない)ことは、現世における「死」と同義であり、だからこそそれは悲劇だった。

しかし、現代は違う。 私たちは「創作物」や「データ」、「思想」を、肉体よりも長く、鮮明に残すことができる。

ボカロPたちが作った楽曲は、彼らの肉体が滅びた後も、初音ミクや月見ヤチヨといった「電子の歌姫」によって歌い継がれるだろう。

本作にryo (supercell)やkz (livetune)といったボカロ界のレジェンドたちが参加している。

彼らは、自らの声(肉体)ではなく、データに魂を乗せて永遠性を獲得した先駆者たちだ。

『超かぐや姫!』が提示したのは、以下の二つの生き方の対比だ。

生物学的生存: 肉体を使い、生殖し、老いて死に、遺伝子をリレーする。

情報的生存: テクノロジーを使い、創作し、老いを超越し、物語(ミーム)をリレーする。

かぐやと彩葉が選んだのは後者だった。

彼女たちは「子」ではなく「曲」を残し、物理的な距離を「AR」や「VR」で埋めた。

もちろん、ヤチヨの孤独が示すように、情報的生存には「体温の欠如」という痛みがあるかもしれない。

しかし、本作は高らかに宣言する。

「それでも、私たちは歌い続けることで繋がれる」と。

ライブシーンで描かれる圧倒的な多幸感は、肉体の接触がなくとも、魂が共鳴し合えることを表現しているように思える。

エンドロールの終わりにちょっとした蛇足が流れる。

8000年の時を超えたヤチヨの救済と、かぐやたちが掴み取った「おとぎ話を超えたハッピーエンド」を。

ツクヨミはホットケーキの姿をしている。それは時間がループしているようにも思える。(個人的にはホラー映画の「来る。」の最後に出てきたオムライスの国を連想した)

もしあなたが、「結婚して子供を持つことだけが幸せ」という決まり事に息苦しさを感じているなら、あるいは「推し」や「創作」に人生を捧げることに迷いを感じているなら、迷わずこの映画を観てほしい。

遺伝情報を残すことだけが「生」ではない。

あなたの描いた絵、あなたの作った曲、あなたの綴った言葉、そしてあなたが誰かと共有した「最強」の瞬間。

それら情報を次世代へ繋いでいくこともまた、立派な「生命活動」なのだ。

ゲーミング電柱から生まれた新しいかぐや姫は、私たちにこう微笑みかけている。

「自然(運命)なんて変えちゃえばいいじゃん。だって、私たちのほうが進化してるんだから」

この映画は、生殖を省いた先にある、光り輝く電脳の地平を私たちに見せてくれた。

だから私は、胸を張ってもう一度言おう。

私は、この「百合」が、この「新しい生存戦略」が好きだ。

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