両立支援等助成金は1回しかもらえないらしい (T_T)

厚生労働省の両立支援等助成金という制度があるのだ。
うちの会社は5年くらい前にこの制度を利用して30万円くらいお金をもらえました。
で、この度、スタッフが結婚して出産するとのことで、そのまま育休にも入るので前と同じようにこの助成金を申請しようとおもって、県の労働局に問合せをしたのです。

と・こ・ろ・が・

1事業主2人まで支給(雇用期間の定めのない労働者一人、有期雇用労働者一人)ということで、一度助成金をもらった企業は二度目はないという残念な結果に。

一応「代替要員確保時」パターンのは以前使っていなかったから利用できるっぽいです。

まぁ、それはそれとして、日本は育休に対しては助成金がたくさん出るというわけではないのですな。

企業文化として産休や育休が根付いている会社組織にはいわゆる助成金というのは絵に描いた餅なわけですよ。

というか、ITなんかた助成金にしても、とっくの昔に取り入れていたり普通にやっているような会社はもらえなくて、ぜんぜんそういうことをやってない会社が申請できるというのはなんか損した気分ですよ。

まぁ助成金というものの性質上「お金あげるから、努力してください」ということなんでしょうけれども、なんかお金の使い方が間違っている気がする。

 

 

ショック・ウェーブ

アマプラでドキュメンタリーの「ショック・ウェーブ」を見た。

グーグルマップでその現場を見ることもできます。

下関でも2009年に爆発事故がありました。

内閣府発表の令和2年版防災白書ではコロナウイルス感染症にも少し触れていたりする。

ざっと一通り目を通しておくだけでも、心構えとか覚悟とか上書きされるのでなんかあっても、知らない人よりももんのちょっとかもしれないが余裕が生まれる。

人が、不必要に恐れを抱くのは、やっぱ、なんだかんだ言っても情報不足だからだ。

平時にできるだけ多くの情報に触れていろいろ知っておくだけでも、いざというときに冷静にたいしょできるのだろうと思う。

景気が悪くなると、老朽化の補修とか修繕とかが後回しになってしまうのは世の常なので、これから先爆発事故が多くなっていくのだろうなと予想できる。

 

ウチも倉庫がいい加減古いので引っ越すなり建て代えるなりしたいのだけど、いい物件がないのよね。

本好きの下剋上

オーディブル版が良かったので、アニメシリーズを一気に読みました。

この作品は「小説家になろう」という投稿サイトに2013年から連載投稿され2017年に完結。

その後小説が商業出版され漫画化、ドラマCD化、テレビアニメ化されている。

 

娘は今「約束のネバーランド(二期)」を楽しみに見ている。

ネトフリ、アマプラ、Huruなどサブスクな動画配信サービスは、従来の視聴の仕方を変えちゃってるなと本当に思う。

たぶん、一生かかっても見終えることのできないコンテンツが、目の前にあるのだ。しかもそのコンテンツは今後もどんどん増えていく。

新作ではなくても、まだ見ていない面白そうな物語はものすごくたくさんある。

全部見られる気がしない。たぶん、物理的にムリだ。

2倍速で見ても時間が足りそうにない。

あと予算が掛かっていれば面白いのっていうとそうでもないし、

最初の10分が面白かったりしても、途中からつまらなくなったり、

逆に最初の30分はものすごくつまらないのだが、途中から超絶面白くなったり、

◯◯さんが、「面白い」って言ってたから見てみたら面白かった。

◯◯さんが、「面白い」って言ってたから見たけどイマイチだった。

その両方のパターンがあって、結局「面白かった」「見てよかった」というのは、自分で終わりまで見ないとわからない。

もちろんレビューや評価の点数というのはある程度参考にはなるのかもしれないけれど、星が一つでもけっこう面白いものもあるし、星が4つでもイマイチなものも多い。

そういう当たり外れ含めて全てを楽しめるようにするしかないのである。

アメリカの連続ドラマとかは面白いかもしれないのだけど、シーズンが長すぎて脱落してしまいます。

Xファイルとか最後どうなったのかぜんぜん知らない。

大卒の人が入るか?

配管工とか大工とか設備関係の現場の職人さんだと大卒の人は珍しい。
というか少ない。どちらかというと学歴不問なので高校卒業してこの業界に入ったとか、高校中退してこの業界に入ったとかいう人が多い。

給料もそれなりにいい例えば23歳くらいの職人さんだと、23歳の大卒社会人1年目の人よりも給与は高かったりする場合もある(17で業界に入って5・6年目で、それなりに現場を任せられるようになっているレベルの人)

15年ぐらいすると独立して自分で個人事業主になる人もけっこういる。

経費諸々ブッコミで年収1000万くらいだろうか。

三十代後半で事業主になって自宅兼事務所を建て名実ともに「一国一城の主」になる。

ウチの会社のお客さんは、そういう人が多い。

ただ年収3000万円とか1億円とかの人はいない。(年商の人はいます)

でも年収1000万円クラスはわりといる。(経費コミですよ、車両とか光熱費とかそういう経費は収入に換算したとしてです)

がんばれ設備店さん2021年2月号ができた

あとは印刷するだけという段階までなんとかできたので明日印刷する予定です。
今週は道路が凍結したり、スタッフがちょっと休みになったりとバタバタしまして十分に時間があったとは言い切れなかったんですけれども締切に間に合いました。

このニュースレターも毎月発行してもう16年くらいになります。17年かな?確か長女が生まれたときからなのでそのくらい続いています。

途中3ヶ月か半年くらいか中断もしましたが、我ながらよく続いているなと思いますよ。

基本的には「紙媒体で請求書に同封する」というのがメインのメディアなので、長い付き合いのお客様向けになり、大事なことは繰り返し掲載するので、過去に発行した内容とダブルところもありますけれども、今の時代に合わせて表現を変えたりもしているのです。

 

短期的評価と長期的評価

下関では年に一度くらい雪が積もって市内の交通が麻痺します。

安全第一ですから、雪の中無理してくる必要はありませんので、例えば、遅刻したり、出社できない場合はペナルティはないです。

けれども、そういう雪の中でも、冬季はスタッドレスタイヤを通勤に使うマイカーに装備していたり、マイカーが使えないので、代替法として列車で通勤したりする社員もいます。

「なんとかして出社する社員を評価する」という意識はあるのですが、たとえば特別警報が出た台風が近づいている場合、その社員をひょうかするとなると、忖度が発生して、なんとかして会社へ出勤するのが正義みたいになるので、そこは評価にはカウントしません。
というような決まりになります。

決まりはそうなんですけれども、感情的というわけではなく、工夫して出社してくる社員に対しては評価は高まると思うのです。

すごい台風が来ていても、それを予想していろいろな手段で対処して、時間通りに仕事ができるようにしている

すごい台風が来たので、おくれて出社する。

そういう二人の社員がいるとして、どう評価するのが正しいのか。

短期的には評価に影響しない。
つまり、台風が原因で欠席や遅刻をしたとしても給与に差をつけない。

長期的には評価するようにする。
例えば年次の昇給で差をつける。Aさんは5000円の昇給でBさんは1万円。

働く姿勢によって評価に違いをつけたほうがいいのか、単純に行動や、するしないに対して差をつける。

評価基準をすごくこまめに設定して見えるようにするとか、

緊急事態下に出社する人と用心のために出社しない人の差をどうすればいいのか?

 

経営理念とか社員教育の結果として
社員全員が「緊急自体下でも出社する」という
「会社組織」を経営者が目指すかどうか、

経営者としては「緊急事態や警報がでていても俺は工夫して出社するようにしている」

「だが、社員にはそこまで要求しない」

「でもそういう社員がいれば、褒めないし評価もしないけれども、俺は素直に嬉しいと思うのだ!」

それもまた忖度になっちゃうなー。

こういうときは正直な気持ちを文字にするのが正解なのではないかとも思う。

「こんな雪の日でもなんとか工夫して遅刻せずに出社する君を自分は嬉しく思うし評価する。月給や有給休暇には影響はないけれども、引き続きそういう姿勢で業務に努めていただけると嬉しい。」

ということかな。

土地の価格

坪単価3.16万円の土地。坪単価17万円の土地。

両方とも更地なんだけれども、なにゆえにそんなに価格がちがうのだろうか。

そんなに離れていないんですよね。

面している道路が違うのかもしれない。

坪単価3万円の方は大きな車が入れないようなところなのかもしれない。

いずれにせよ現場を見てみないとよくわかんないな。

市街化区域と市街化調整区域でもぜんぜん価格が違うのですな。

市街化地域のほうが価格は高いようです。

安いから購入しても倉庫とか建築できなければ宝の持ち腐れですし。

 

よく出し間違える

自分は、急ぎの現場があったり、配送スタッフが出払っているときに代わりに配達にでることがよくある。

けっこうな確率で商品を出し間違えるのだ。

配送スタッフの5倍ぐらい出し間違いが多い。

なんでなのかというと、思い込みがあるのだと思う。

昔の経験とかの積み重ねとかイメージを引きずっていて、今は違う場所に置いているのに前の情報で品物を出してきたりとか、

あと声出し指差し確認をやらないでピックアップしたりとかもあるし、

考え事をしながら集中していないというのもある。

あと自分が配送に出るときは配達の注文やら事務の調べごとが集中していて業務がオーバーフローしているときが多いので、ミスが出やすい環境なのかもしれない。

もちろん自分の注意が足りないというのもあるのだ。

ただ「お前の注意が足りないからミスするんだ」というのは、組織論というか、仕事のマネジメントとしては言っては負けなセリフなのである。

自分でも配達ミスが多いなぁと思うのだが、これはあれかな、あんまり配達する気がないというか、モチベーションが低いというか、そういうことなのかね。

社長としては配送のフォローはするんだけれども、仕事の組み立てとしては社長が現場へ配達するというのは、最後の手段的な部分が大きいのであり、配達するという業務の重要性は重々承知してはいるのだけれども、自分がやるべき業務ではないのだという意識が、ミスを誘発しているのかもしれない。

でもミスはあかんですよね。

集中していませんでした以後気をつけます。

 

 

というか「集中していませんでした以後気をつけます」なんてセリフが出るということは、そのうち必ずまた同じミスを繰り返すのは間違いないわけで、なんか根本的に改革が必要だなぁ。

監視者たち

アマプラで韓国映画の「監視者たち」を見ました。


2014年の作品だからけっこう前のモノなんですね。

ぜんぜん知りませんでした。

主役の子豚ちゃんを演じた女優さんが可愛かったです。

 

こういう監視者を善玉サイドから描く映画はけっこうありますが、実際に個人情報がどうのこうので行われているのかどうかよくわかりません。
何年か前にセキュリティー関係の展示会に行ったときに、顔識別の性能の凄さに驚きました。

人物の動きが不自然であったり、何百人もいる映像から一瞬で特定の人物を抽出したりする技術は、実際ここまでできているのだなぁと。
歩き方や体型から個人を判定したりする技術はすでに映画の中だけのものではないのです。

本当なら去年の東京オリンピック会場では、こういう監視技術の見本市になっていたんでしょうけれど、お流れになっているのが本当に残念。

とはいえ、そのような監視社会が本当にいいのかどうかはよくわかりません。

悪いことすると捕まるのは当たり前なんですけれど、悪いことをしてもいないのに監視されるというのは、気持ちがいいのもではないからです。

会社の仕事が今リモートが増えているらしいのですが、監視していないと働いていないみたいなことがあったり、仕事中はカメラをオンにしていなければならないとか、働いているかどうかを確認するために監視する必要がある。というのもなんだか違うような気がするのです。

 

ハウス・ジャック・ビルト(R18+)

ジャックという連続殺人鬼が自分がやってきた人殺しを告白するという体で話が進行していくのだが、これがもう、殺人鬼の認知のゆがみがすごいのですよ。

で、このジャックという男は、それなりに社会的には成功しているように見えます。

自称建築家で建築用の土地を持っていたり、自宅を建築したりしているのでそれなりの資産も持っていそうです。

死体を隠すための大きな冷蔵庫も持ってますし。

一時的にも家族ぐるみで交際するような女性(再婚しているのか、それとも拾の親子関係なのかはわかりません、なんとなく女性の連れ子のような演出ですがそのあたりははっきりとし描写はないかな)や別に恋人のような女性が犠牲者というか被害者として描かれるので、女性から見るともしかすると魅力的に見える側面があるのかもしれません。

魅力的に見える部分は映画のストーリーとしては語られていないのですが、人間としてどこかが壊れているキャラクターはいやだなぁと思います。

 

世の中にはサイコパスと分類される人がいて、その割合は結構高いそうです。

いわゆる反社会性人格障害者の割合は100人に一人くらいと言われています。

つまり案外、珍しくはないということです。

仕事をしていくうちに
「このお客さん、ちょっと妙だ」
「この取引先は、いつも無茶振りばかりだなぁ」
というときは、案外サイコパスな人なのかもしれません。

世の中にはお金を払わなくても平気な人もいますし、平気で嘘を付く人も案外多いのです。
あなたの想像を絶するようなことを平気ですることのできる、もしかしたらそれを喜んでやっている人間が近いところにいる、そう思って世の中を眺めているとけっこう警戒心が強くなってくるのです。

そして、ネットの時代だとツイッターアカウントの向こう側にいる人間が、案外そんなサイコパスだったりするのかもしれません。

自分と違う意見や考え方を表現しているそのアカウントが、もしかしたらスゲコワなサイコパスで逆恨み野郎だったらめっちゃ怖いじゃぁないですか。

そういうふうに考えているので、炎上していたり、ものすごい行きおいで正義を振り回し怒りをばらまいている人を見ると

「なんでこの人は自分だけが安全だって信じられるのだろう?」

と羨ましく思うのです。