修学旅行

昨年に続いて今年も修学旅行が延期や中止になる学校もあるというニュースがちらほら。
自分は修学旅行の思い出っていうのは、あまりなくてどちらかと言うと集団行動が苦手だったような気がする。
中学校の京都へ行った思い出は、自由行動かなにかで一人で京都国立博物館に行って時間を潰したことくらいしか思い出せないし、高校生のときの思い出はディズニーランドで、これまた一人でアトラクションに並んだ思い出しかなく、集団で行ってる意味というのはほぼなかったという感想しか抱くことができない。
このあたり修学旅行が楽しみな人とそうでもない人の温度差なのかもしれない。
修学旅行が中止になってしまうのは残念だろうなーと思わなくもないのだけれども、人学年全員で移動したり宿泊したりすることの意味を大して見いだせないのだ。
だから中止になった学生さんたちには、中のいい友達とか、あるいは一人で卒業旅行とかすればいいじゃんと、無責任にオススメしたい。
高校を卒業したときは青春18きっぷというのがあり、それを利用して1週間ほど北陸まで一人旅をした。
山陰線を鈍行列車でえっちらおっちら旅行して岩手県の浄土が浜までいった。
ホテルや旅館も別に予約せず降りた駅の案内所で「部屋あいてますか?」みたいなかたちで宿泊するという、いきあたりばったりな旅路だった。

個人的には何十人もが同じ場所同じ時期に一緒に移動するタイプの旅行というのはもうそろそろなしでいいのではないかと思う。

修学旅行ももっと小型化してクラス範囲でも多いくらいなので、3~5人とか、ありは一人旅をするようなかたちで旅行するほうがよほど勉強になるのではないかと思う。

基本的に駅から駅までの移動であれば危険性も低いと思う。

今だったらインターネットで遠くの学校とも姉妹関係を結びやすいと思うので、例えばお互いの生徒を交換留学っぽくするとか、そういうのをしてもいいのではいか。

例えば東京の高校と下関の高校の生徒がZOOMで連絡を取り合ってお互いの家にあそびに行って、お互いの町を相互に案内したりするとか、一緒にいろいろな場所に見学するとか、そういうのもありなのではないか。

チケットの手配からなにから個人個人が自分で手配するのも経験にはなるし、なにも日本国内の学校に限った話ではなく、例えばオーストラリアにある姉妹校とかインドの兄弟校みたいなところと直接連絡を取り合って交換留学をもっとゆるいというかハードルを低くして行うのもいいかもしれないのではと思う。

「全校生徒が全員揃って集団行動するのがいいのだ!」

という昭和な価値観は必要なのだろうか?

それよりも時期をずらしながら少人数でそれぞれが生きたいところに自らが計画を立案して、旅するほうが楽しいと思う。

例えば、50代以上の人間で、
「一人旅をしたことがない」って言う人は「自分で旅行する、旅行を企画して旅する」という経験をしたことがなかったからなかなかできないだけであって、高校生のときに一人旅を経験させるほうがよほど自立心とか計画性とかを高める経験になるのではないかしら。

そんなわけで、この際修学旅行を「一人旅ベースに」するのもいいんでないかと思った。

馬関まつり

JCの後輩たちが頑張っているので協賛金でしか参加できませんけれども、去年に引き続き今年も中止ということですごく残念ですが協力できることは協力しますのでなにかあったら誘ってくださいね。

2015年馬関まつり

ちなみにこの写真は2015年の馬関まつりの様子。

小学生の子どもがいる家庭にとっては夏休み最後のイベントなのでなんだかんだ言っても連れていくことが多かったですな。

 

 

デジタルツインとかBIMと建設トレーサビリティ

https://twitter.com/lileaLab/status/1411636606100938752

 

 

https://twitter.com/WMRM_2011/status/1411929056824545281

 

フォトグラメトリとか、ドローンでBIMとか、なんだかんだで建設トレーサビリティとか、どんどん進んで行くようになるのだろうな。

いろいろと諸団体やらなんたら協議会やら立ち上がってきているようですな、このあたりのプログラムをイジれる人はまだ少数なのでやるならいましかない。

 

 

 

平方根とは有理化とか

高校生の頃は数学はさっぱりで全然理解できていなかった。
昨日の夜、娘にちょっと教えてほしいとか言われたんだけれども、問題の意味すらよくわかんない。というのが本当のところだ。
50年以上生きてきてるのだけれども、平方根を利用する様な世界には自分は生きていないのだなぁ改めて残念に思う。
でもまぁこの年令になってなんとなく数学の面白さみたいなことがわかるような気がして生きている。
YouTubeの数学の解説動画を見ると、わかるのだ。理解できるのだ、なるほどそうかぁ!という感覚が確かにある。
この歳になってやっとかよという気もするし、高校生のときに、頭の賢い人というのは、すでにこういう世界に生きていたのだなぁと感心するのである。

そしてあらためて思うのです。もっと数学をちゃんとやっておけばよかったなぁと、

 

 

井手上獏さんのこと normal is not colorful

本を読みましたよ。

ジェンダー問題については、これから経営者というか、コミュニティーを司ったりリーダーシップを必要とする立場にあるような人にとっては、OSのアップデートが一番必要なところだと考えています。

高度情報化社会になると血脈とか遺伝的な親子関係よりもバーチャル(仮想のという意味ではなく「実質上の」という本来の意味)による関係性がより強化されていくと思うのです。

そうなると父親とか母親などの人間関係が、これまでとは違った形で成立していくように思うのです。
人間関係が今と違う形になって信頼関係が組み立て方や組み合わせ方が変化してきて、育ての親が自分よりも年下になったり、育ての親が5人ぐらいいたり、戸籍上は女性のお父さんが二人いたりとか、とにかく
「あなた自身が一番幸せになるように」いちばんいい組み合わせを考えていくような世の中になっていくとは思います。
伝統的とか、生物学的に正当とか、宗教的にあれだという、なんかいろいろと価値観とか観念的なものが変わる次期なのかもなぁなんていうことを考えたり。

本に出てくる少年の主張全国大会
井手上さんは1:05:50のあたりで登場します。

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