8月号のネタを書き出していくメモ

デジタルツインとか2050年以降のネット環境は現実の人生観をどう変えてくのか。
人体の拡張や各種センサーのインプラント化によっての認知の変容がおきたり。

コレまで見えなかったこと聞こえなかったこと感じなかったとこの認知が進む。
紫外線を見ることができるとか、超音波が聞こえるようになるとか、地磁気を認識できるようになるとか。

人体感覚や触覚の外部化装置化プラグインというかプラグオンというか人類の認知拡張が低コストで爆発的に起きる。

意思疎通の仕方が変わっていくかもしれない

非言語野での情報交換を介さないコミュニケーションや情報・感情の表現の可能性について考える。

感情をダイレクトに共有することが果たして可能なのか、

ライフログをより一層高品質にすることで、追体験の質が変化していく。

光刺激による意思疎通

言葉の代わりにQRコードのような画像の点滅やパネルのようなマトリックスによって超高速高密度な意思疎通も行えるようになる一部の人間達。

人は「音(言葉)に置換した形」でしか表現や疎通を行うことに特化されている。

例えば、一枚の写真を見せて相手に「意思」を伝えることはできない。

画像では「相手に何をしてほしいのか」は伝わらない。文字にするか言語化しないと意思の疎通はできない。

 

文字というかいわゆる「言語」にしないと意思の伝達というのはできないのだけれど、例えばVR空間ピクセルのデザインで意思疎通を直接行うことだってできるようになるかもしれない。
生まれたときからQRコードのようなものを使って意思疎通を行えることができるように脳が対応していくかもしれない。

VRであるかどうかわからないけれども、ネットに繋がった状態で言語でなく何らかの電気シグナルで意思の疎通を行うことに抵抗のない脳神経の構成を持っている人のコミュニケーションのあり方というか。

 

PKディックの短編集でもそういう小説があった(タイトルは忘れてしまった)ような気がする。

自閉症(?)の人物が、ものすごく高速で世界を認知しているので、多くの人はその自閉症の人の認知している世界を理解できないみたいな、そういうお話だったような記憶がのこっている。

あと映画「コンサルタント」のジャスティーンという女性がいるのだけれども、彼女はネットを介してコミュニケーションをすることができるし、特殊な能力もあるという設定で。もしかしたらネット空間で非言語系のコミュニケーションをする能力があるとしたら、リアルでは、彼女のような人物になるのかもしれないとか考えてみたり。

例えば今朝あなたが見た夢は、自分自身にとっては言語を介さない表現ではなかったか?

「見た夢を思い出すことができる」ということは、同じ夢を他人と共有できると仮定したときに「言語を使わないで意思を伝達した」ことになるのではないか。

VRアバターが見た夢はそれは言語野を介さないコミュニケーションとして成り立つのではないだろうか。

デジタルツインの見た夢は新しい進化のシナリオの一歩目であるとは言えないか。

言語は人間だけに与えられたものなのか、言語があたえられたからこそ人間として進化したのか。

「言語が可能にしたもの」ではなく「言語を可能にしたもの」生物言語学とか
https://www.toyo.ac.jp/uploaded/attachment/20413.pdf

生まれたとき、あるいは生まれる前からインプラントなど電脳化によって攻殻機動隊のように電脳化だとと、頭脳が直接ネットワークされる未来に置いて、人の意思は言語を使わないで意思伝達を行えるようになるのか、人類の脳はそれに対応できるようになるのか、それは果たして可能なのか?

土地の価格

坪単価3.16万円の土地。坪単価17万円の土地。

両方とも更地なんだけれども、なにゆえにそんなに価格がちがうのだろうか。

そんなに離れていないんですよね。

面している道路が違うのかもしれない。

坪単価3万円の方は大きな車が入れないようなところなのかもしれない。

いずれにせよ現場を見てみないとよくわかんないな。

市街化区域と市街化調整区域でもぜんぜん価格が違うのですな。

市街化地域のほうが価格は高いようです。

安いから購入しても倉庫とか建築できなければ宝の持ち腐れですし。

 

ブレット・キングの拡張の世紀

攻殻機動隊みたいに生体と直接ガジェットが結びつくような世界にはまだしばらく時間がかかりそうではあるものの、スマートウォッチで血圧や脈拍、血中酸素濃度も把握できるようになってきている。

で、この本を読んでみるとそういうウェラブルな端末というのが欲しくなってくるから不思議だ。

自分も今年で55歳になるので、四捨五入すると60歳になるわけで、まぁジジイですよ。体の節々はすぐ痛くなるし、なにかっていうと腰にくるし、ストレッチしても全然伸びないし曲がらないので、健康管理は大事だよなと思うことばっかりなわけです。

 

あとPHUD(パーソナルヘッドアップディスプレイ)のいいのが出てくるまではARやVRはまだまだ普及しそうにない気もします。

実際、Oculus Questは持ってはいますけれども、やっぱり大きいし、あれを装着したまま外に出るのは抵抗があります。

 

2050年 世界人口大減少

国連の予測よりも早く、世界規模で人口増加は頭打ちして減っていくのではないか、という内容ですよ。

出生率が減っていくのは先進国では標準的なことで、アフリカ諸国においても、想定しているよりも早く人口増加に歯止めが掛かるということですな。

 

以下、個人的に思うこと。

 

ドーキンスの「利己的な遺伝子」にもあったけれども、人類という種全体にとっての生存戦略として個人の遺伝子を残すよりも種全体の遺伝子を残すようにするようになったのかなと考えたりする。

例えば漫画の世界で
「手塚治虫の子どもたち」というと、手塚作品の影響を受けた漫画家のことであって、そこに血脈的な遺伝子はもはや必要でないわけです。

他にも建築家の世界でも、スポーツの世界でも、実際の血脈的な関係ではなく、そこにある思想であったり技術の蓄積であったりする部分で「受け継ぐ」という関係があるような気がする。弟子は血縁関係が必ずしも必要ではなく、一子相伝と言っても実際は他人であったりする場合も是としたり。
そしてそのような関係において種やあるいは系統そのものを強化・増殖させていくほうがその集団の生存戦略としては正しい一面があるのではないかということなんではないかと思ったりするのです。

そういう視点からLGBTを含めた世の中の潮流を考えると、親子関係に置いて血というのは、あまり関係なく、自分の両親がどちらもが男であったり、女であったり、実際には血がつながっていなくても「親子関係である」と認めていくような世の中になっていく下地が固まってきたのかなぁと思うのです。

 

一周回って終身雇用

株式会社自分自身とか、有限会社自分商店みたいなイメージで、

「自分のマネジメントは自分がやるぜ!」というような形での雇用を目指すべきだし目指したいなぁと考えているのですが、それをみんながみんなに求めてしまうのはムリがあるのだろうなぇとも思う。

世の中自分にことを自分で決めたがらない性質の人もけっこうな数いる。

判断をしたくない。

なにもしたくない。

できれば楽に。

努力とかめんどい。

いわゆるグリットのない人ですな。やる気スイッチが壊れているというか、ない人。

そういう人も少なくない。少なくないというか世の中の殆どの人は成功目指してコツコツと自己研鑽に励むとかしない。

自己研鑽の本なんて売れても100万部くらいですよ。

100人に一人くらいしか読んでないわけです。

 

全員が強いわけではなく、ギャンブルしたり、めんどくせぇと仕事をサボったりするダメ人間なわけですよ。

自分だって、ついついツイッターを見る時間がのびのびになってしまうダメ人間なわけです。

でも人間社会というのはだいたいそういう人間が作っているというか大部分を構成しているので、社会の仕組みとしてはそこに合わせて設計していかないとなかなか難しいのだろうな。

だからこそ会社内で資格を取得させたり目標管理をしてもらったりするのも大事なんだろうな。

「この会社に入ったことで、こうこうこういうスキルを身につけることができました。」なんてふうに言ってもらえるような場になることも、中小企業にとっては大事なことで、

なにか身につけるモノを提供できるような会社にならないと、これから先はどう考えたって魅力がなくなっていきそうだ。

例えば、ちょっとしたことでもいい。

商品の名前を覚える。

ウェブで検索を効率的に行える。

ブラインドタッチで入力スピードがけっこう早くて正確。

エクセルで簡単な関数を利用して表計算を楽に設計することができる。

ネットワーク設定ができる。

ホームページをFTTPを利用して管理することができる。

そういうなにか他の会社でも役立つようなスキルを身につけることができるかどうかなんだろうな。

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