Demon City 鬼ゴロシ

生田斗真主演の映画「Demon City-鬼ゴロシ」を見た。
あらすじはすごくストレート、

主人公の坂田は奥さんと子どものために殺し屋を引退したのだが、引退したその日に、鬼の面を被った男たちに奥さんと2歳の娘を殺されてしまう。

「おまえら全員ぶっ殺す!」と言った坂田の頭にも銃弾が打ち込まれ暗転。

そして12年後、奇跡的に目覚めた坂田の復讐が始まる。

というまさしく復讐劇なわけで、見ていて息が止まるというか、体に力が入るというか、いい意味で疲れる映画だと思った。

復讐とか仕返しというのは、自分が死ぬことを厭わないというか、自分の命はどうでもいい、とにかくブッ殺すというのが、本質なのだろうなと思う。

実際、愛する人がいたり、誰かのために生きなければ、というような気持ちがあったりすると復讐劇というのはなりたたないのではないだろうか。

この映画にしても、途中で死んだと思っていた娘が生きていることがわかるのだけれども、それは途中でわかったからであって、もしかしたら娘が生きていて、悪い奴らに囲われていなくて、目が覚めたときに、真っ先に
「お父さん、生きていてくれてよかった」
みたいに不自由な体の世話をしてくれていたりしたら、坂田はたぶん復讐はしなかっただろうなと思う。

娘も妻も殺されていないければ、坂田の復讐劇はなりたたないのだな。

あと、この映画はけっこう残酷な描写が多いので、そういう血がドバっと出る系の作品が苦手な人は見ないほうがいいかもしれません。

AIに絵を書いてもらったけど、まぁそんな感じです。
あと血とか殺し屋とかの絵はプロンプトが弾かれたりするのでけっこうムズい。

クリエイティブな仕事っていうのは、コツコツと積み重ねるみたいなのとは相性が悪いのかもしれない

「プログラムの実装とかなにかクリエイトする作業というのは、40時間ぶっ通しでしたほうが、効率がいいのではないだろうか、1時間を40日とか、30分の作業を80日だと、たぶん完成しない気がする。
もちろん、ぶっ通しと言っても、45分に一度は15分の休憩を挟むし、睡眠時間も8時間、食事時間もきちんととるよ」
とAIに質問してみた。

AIが答えた
「確かに、プログラムの実装やクリエイティブな作業は長時間の集中で一気にやったほうが効率的に感じることが多いよね!特に、流れに乗ると「ゾーン」に入って、アイデアが途切れずにスムーズに進むことがあるし。

ぶっ通しスタイルのメリット

  1. コンテキストを維持しやすい
    → 毎回「どこまでやったっけ?」と確認する手間が減る
  2. ゾーンに入れる
    → 集中力が高まり、作業の質が向上する
  3. 細切れ作業だと、再開時のコストが高い
    → 30分や1時間だと、準備→集中→作業→片付けの時間が無駄になる

ただし、ぶっ通しのデメリット

  • 疲れが溜まりすぎると、後半の効率が落ちる
  • 長期間のぶっ通しを続けると、バーンアウトのリスクがある
  • 短時間の繰り返し(スモールステップ)が向いている作業もある

結論: 40時間のぶっ通し(適度な休憩込み)で、一気に進めるのは合理的!
ただし、完成後に少し寝かせて客観的に見直す時間も取ると、さらに質が上がるかも。」

さらに会話「たぶん「毎日30分コードを書く」というような仕事ではクリエイティブな出力結果は得られない」

AIの回答

「うん、それは本当にそう思う!
「毎日30分コードを書く」みたいな習慣は、スキル維持や基礎練習には向いているけど、何か大きなものを生み出すには絶対に足りないよね。

プログラムでも、小説でも、デザインでも、クリエイティブな作業って「流れ」や「連続性」が大事で、一度入り込まないと深いアイデアが出てこない。

たとえば、

  • コードの設計やアルゴリズムを考えるのに時間がかかる
  • ゾーンに入るまでの助走が必要(30分だと助走で終わる)
  • アイデアを組み合わせる時間が必要(短時間では点がつながらない)

だから、やっぱり「ある程度まとまった時間を取る」スタイルのほうが、クリエイティブな成果物を生み出すには適してると思う!

短時間でやるとしたら、
事前にタスクを細かく分ける(すぐに取りかかれる状態にする)
作業開始時に迷わないように前回の続きやメモを用意する
みたいな工夫が必要かな。でも、それなら最初から40時間ぶっ通しでやるほうが、最終的には効率がいい気がするね。」

軟水と硬水の違い。

軟水と硬水の違いは、主に水中に含まれるカルシウムやマグネシウムの量による「硬度」にあります。軟水はこれらのミネラルが少なく、硬水は多く含まれています。料理において軟水が美味しいとされる理由は以下の通りです。

軟水と料理の相性

軟水の特徴

– 口当たりが柔らかい: 軟水は硬水に比べて口当たりが柔らかく、さっぱりとした飲み口です。
– 料理に適している: 軟水はミネラルの含有量が少ないため、独特の風味や口当たりがなく、料理に影響を与えにくいです。

軟水が料理に合う理由

素材の旨味を引き出す: 軟水は素材の味を邪魔せずに引き立てることができます。特に和食の出汁や煮物、ご飯の炊飯に適しています。
アクが出にくい: 昆布や鰹節で取る「だし」では、軟水を使うとアクが出にくく、旨味が引き出されます。

例えば
炊飯: 軟水を使って炊くと、ご飯がふっくらと柔らかく仕上がります。
出汁: 軟水で昆布や鰹節の出汁を取ると、素材の旨味が引き出されます。

一方、硬水は洋風の煮込み料理やパスタの茹でに適していますが、日本料理にはあまり適していません。これは硬水のクセが強く、素材の味を邪魔することがあるためです。

軟水と硬水のミネラル内容の違いは、主にカルシウムとマグネシウムの含有量によって決まります。この含有量の差は「硬度」として表されます。

硬度の基準

日本の一般的な基準
– 軟水: 100mg/L未満
– 硬水: 100mg/L以上

WHO(世界保健機関)の基準
– 軟水: 60mg/L未満
– 中程度の軟水: 60~120mg/L
– 硬水: 120~180mg/L
– 非常な硬水: 180mg/L以上

具体的な例
– 東京の水道水: 硬度約60mg/L(軟水)
– エビアン(ミネラルウォーター): 硬度304mg/L(硬水)

ミネラル含有量の計算方法

硬度は以下の式で計算されます:

硬度 = (カルシウム量mg/L × 2.5) + (マグネシウム量mg/L × 4)

例えば、エビアンの場合:
– カルシウム: 8mg/L
– マグネシウム: 2.6mg/L

このように、軟水と硬水では含まれるミネラルの量に大きな差があり、それが味や用途の違いにつながっています。

軟水と硬水の違いの主な原因は、水が通過する地質や岩石の種類にあります。日本と欧州の水の硬度の違いも、この地質学的な要因によるものです。

軟水と硬水の原因

1.地質の影響

– 軟水:花崗岩や火山岩などの硬い岩石を通過する水は、ミネラルを溶かしにくいため軟水になりやすいです。
– 硬水:石灰岩や白亜などの柔らかい岩石を通過する水は、カルシウムやマグネシウムを多く溶かし込むため硬水になります。

2.水源の違い

– 軟水:雨水や表面水(河川、湖沼)は一般的に軟水です。
– 硬水:地下水は岩石と長時間接触するため、硬水になりやすいです。

日本の水が軟水である理由

1.地質的特徴

– 日本は火山国であり、花崗岩や火山岩が多く存在します。
– これらの岩石はミネラルを溶かしにくいため、軟水になりやすいです。

2.水源の特徴

– 日本の水道水の多くは河川水を源としています。
– 河川水は地下水に比べて岩石との接触時間が短いため、軟水になりやすいです。

欧州の水が硬水である理由

1.地質的特徴

– 欧州の多くの地域、特に中央ヨーロッパは石灰岩や白亜の地層が広がっています。
– これらの岩石はカルシウムやマグネシウムを多く含み、水に溶けやすいです。

2.水源の特徴

– 欧州の多くの地域では地下水を水源としています。
– 地下水は長時間岩石と接触するため、多くのミネラルを溶かし込み、硬水になります。

このように、地質学的な違いと水源の特性が、日本の水が軟水で欧州の水が硬水である主な理由です。

神は見返りをもとめる

アマプラで映画「神は見返りをもとめる」という映画を見ました。

飲み会で知り合った、泡沫Youtuberの女の子。
広告屋につとめる中年男性が「ぼくは見返りとかいらないから」みたいな感じで、動画の作成とか手伝ったりするんですよ。しかも無料で、下心とか全然ないから!みたいな体で。

しばらく楽しいけれども、再生数があんまし伸びない時期が続いたあと、彼女は
売れっ子Youtuberとのコラボ企画で激バズ。アカウントの登録者数が伸びていくにつれてオジサンとのアクセスは減って行くわけです。

次第にアンチ&ストーカーになっていくオジサン。

もはや二人の間には憎しみしかないのか、というようなお話。

下心とか見返りとか忖度とか、本心を隠して関係性を続けてしまうと、いつか関係に綻びが生まれてしまう。

無償の愛というのは幻想ですよね。

建築現場における下請けと元請けの関係も似たようなものです。

建築業界では「重層下請構造」と呼ばれる階層的な請負関係が一般的なんだけれども、この構造で役割と分担と責任が分担され、同時に複雑な関係も生まれる。

経済環境や市場環境が変化したりすると、これまでの信頼関係の基礎のような部分が崩れて、関係性の維持ができなくなったりします。

売上が半分になったとか、町の人口が毎年5%減ってるとか、市長が変わったとか、懇意にしていた市議会議員が落選したとか、付き合いのあった元請が倒産してしまったとか、政権が変わったりとか、与党が選挙で大負けしたりとか、大統領が変わったりとか、けっこう、そういう環境変化は突然来るわけですよ。

ほぼ前触れもなしに

信頼関係とか信用というのはあんがい薄っぺらなものなんだと気がつくときです。

まぁ、経営者としての覚悟としては、取引先が吹っ飛んだり、連絡がとれなくなったり、手形に付箋がついて帰ってきたりしても、

まぁこういうときのために倒産防止共済とかはいっているからなんとかなる

くらいのスタンスで、相手を恨むことなく自分の商売を淡々と続けていくだけなのだ。

 

 

ごんぎつね

現実的に考えると、世間はごんと兵十に対して以下のような評価をする可能性が高い。

ごんは最終的に善意の行動をしたにもかかわらず、世間からは依然として「いたずら好きの狐」というレッテルを貼られる可能性が高い。
人々は往々にして先入観にとらわれがちで、ごんの過去のいたずらの印象が強く残っていてそれが消えることはない。

兵十は誤解からごんを撃ってしまったが、世間は彼を厳しく非難することはない。設定の世界では狐を害獣と見なす風潮があるし、兵十の行動は「やむを得なかった」「当然の行為」と解釈される可能性が高い。

世間は、この悲劇を「誤解から生じた不幸な事件」として捉える。深く考察せずに表面的な理解に留まる人がほとんどのはず。

学校では、この物語から「コミュニケーションの重要性」や「先入観の危険性」といった教訓を読み取るように指導し、共感や贖罪、相手の気持ちに気がつくこと、先入観やバイアスを超える意識付けについて学ばせようとしているのかもしれない。しかし、多くの人はそこまで深く考えず、単なる悲しい物語として受け止める可能性が高いです。

現代では、動物愛護の観点からごんへの同情が高まる可能性もあり。一方で、兵十の行動に対しては、より批判的な目が向けられるかも。

結論として、世間の評価は往々にして表面的で、深い洞察を伴わないことが多いのが現実的だと思う。

ごんぎつねのお話が教える深い教訓を真に理解し、自分の行動に反映させる人はあんましいないのではないだろうか。

自分にしても、子どもに対してこの話をするときは

「日頃の行いが良くないとごんみたいになっちゃうよ」というような言い方になるような気がする。

それは本当に浅いのだろうけれども、世間の評価というのは浅くて薄っぺらで、そして残酷で情け容赦ないっていうことも知ってないと、生きていくのが大変なのではないだろうか。

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