鋼の錬金術師


アマゾンプライムで全話無料になっているので現在進行形で見ています。

先月はシーズン1を見ました。

原作本を読んだことがあり、前から見てみたいなーと思ってたのです。

シーズン1は途中から原作とはまったく違った展開になり、それはそれで面白かったです。

シーズン2は今真ん中辺りまで進んだところかな、

こちらも原作とはちょっと違った終わり方をするのでしょうか?

ググればそのあたりの情報はもちろん見つかるのでしょうが、ここはそんなことをしないで楽しんで見ようと思います。

実写版は1月中頃まで公開予定なので冬休み見に行こうかなーと思っています。

最近はいろいろな漫画や小説を原作に映画化されているのですが、やはり実写化となるといろいろとあるので、大抵の映画は評価が低いです。

一番の原因は尺の長さ、90分から200分くらいまでという、決められた時間内に収めるためにいろいろと切り貼りしなければならないところでしょうか?

個人的には、前作はあくまで原案で、映画は別作品として見るスタンスです。

「おお!こういう解釈もありか!」

「ぶっとんでるなぁ」

という映像化は結構好きです。

個人的にはこの映画の全然違うっぷりとか大好きです。

ソロモンの偽証

映画「ソロモンの偽証」を見た。

原作の小説は未読なんですが、面白かったです。原作も読んでみたくなった。

どんなストーリーなのか前知識ゼロで見たので、そこも良かったのかなと思います。

ちょっと変わった法廷ドラマという感じのミステリー作品というよりは青春映画だなぁと思いました。

前後編合わせて4時間を超える長編映画ですが、時間の長さを感じさせない展開で楽しめました。

ですから謎解きのような展開を期待している人にはちょっと肩透かしをくう内容なのかもしれません。

中学生にとっての生きる意味とかそういうことをいろいろ考えてしまいましたよ。

自分の娘も、この映画に出てくる子どもたちと同じ年齢なのですが、幼いようでも実際はたぶんいろいろなことを考えているのだろうなあと思います。

人は生きていく上で白黒ハッキリさせないといけないことがでてくる。

それをグレーなままにしておくことが「大人になる」ということなのかもしれないのだが、

ある時点で白黒つける、ケジメがついていないと、あとの人生でなにか決断を迫られたときに、つねに自信が持てなくなってしまうことはあるような気がする。

「あのときああしたらよかった」という後悔の念がつよければ、自分の行動になんらかの影響を与えるのだけれぼ

「あのときああしたらよかった、かもしれないけど、まぁべつにしなくてもよかったかもしれない」

なんてまま大人になってしまうと、いつまでたっても決断のできない人間になってしまうのだ。

納得できないことを受け入れる器量だ。

けれどもその器量を大きくする、人間の器を大きくしようと思ったら、

白黒きっちりつけて、前に進んで行くしかないのだろうな、とそんなことを思い出す。

「まぁいいか」

「別にたいした問題じゃない」

そういって慰めた過去から逃れられないまま大人になるのは、それはそれで辛いことなのだ。

その辛さを見つめた上で

偽証は怖い

とも思う。

でも、真実の証言も大切。

力を持つのは結局本当のことだと思うし、嘘は隠せない、悪さはごまかせない世の中になっていくのだと思う。

#metooのツイートを見ながら、
なんというか、世の中変わり始めたなぁと思う。

維新150周年

150年かけて増えてきた人口が150年かけてもとにもどるということなんだろうなーと単純にそう思うだけなんですよ。

ただ明治維新の頃とか社会の年齢構成は全然違って、それはもうお年寄りばかりになってるのか?っていうと
そうでもないという気がする。

50年くらい未来までの人口推計はかなり正確らしいのだが、100年になると不確定要素が多すぎて信憑性がかなり低くなる。

例えば、お隣中国の深センなんて、この十数年でものすごく人口がふえているのだが、そういうことが50年後の日本で起こらないとは限らない。

ただ、50年後の人口推計については、かなり確実な未来なので、今後2~30年後くらいまでは、その数字を基本と言うか土台として人生計画を立てる必要があるのは間違いないと思う。

国土交通省のグラフはかなり正確なものだけれども、2050年以降は推計に巾があるようにみえる。

もちろんものすごい災害や日本沈没のようなインシデントがあるかもしれないけれど、そういうことは考えても仕方がない。

とりあえず、今中学生の娘が自分の今の年齢になる35年後はけっこうリアルな情報を得ていると思うので、とりあえず今は今できることをやっていくのが正解なのだ。

ただ世界全体の人口についてはアジア・アフリカで今後もジャンジャン増え続けるのでどうなんだろう大丈夫なんかな、とも思う。

プラネテスを観た


アマゾンビデオでプライム指定が入っていたので、イッキ見しました。

プラネテスの舞台は2075年ですから今から約60年ほどの未来、
作品の公開は2003年ですから今から15年ほど前になります。
そして原作のスタートは1999年のことでした。
パトレイバーでもそうなんですけれども、当時なかったものはそのころの未来予想にはなくて、
携帯電話(パトレイバー)とか薄型テレビ(ブレードランナー2049)とかSNS(プラテネス)はそれぞれの未来に出てきません。

今からだったらドローンが未来世界でどのように扱われるかなんですけれども、ドローン的なものは、1990年代のSFでもけっこう出ていたような気がします。

これはドローンそのものがラジコン飛行機であったり無人偵察機であったりとその概念自体が以前から存在していたということですね。

8Kや立体映像などのテクノロジが今より一般化するとまたちがった概念が産まれるかもしれませんな。

映画「ブレインストーム」みたいな脳に直接イメージを送信するような装置とか出てくるとまた違うかもしれませんし、小説のオルタード・カーボンのような人間の魂がデータ化されてる未来にはまた違った概念が生まれてるかもしれません。

いずれにしろ20年後とかの未来においてテクノロジーというのは、「まったく違う普通」の上に成立していくのだろうなと思います。

まぁその上で変わらない原則のようなものはあり続けるのでしょうけれど。

echo dotが来た。

スマートスピーカーというやつですね。

一番安いので基本的な機能は全部使えるみたいで、値段の違いは音質の違いくらいしかないとの判断で、置き場所も考えるとちっこいほうがいいかなぁということで、これにしましたよ。

まだ、箱からだしてません。

今夜あたりセッティングしてみようと思ってます。

それはそれとして、先日やっと「ブレードランナー2049」を見に行きました。

頭の中ではずっと前作のサントラが流れておりました。

でたまたまなんですけど、邦画の「クリーピー 偽りの隣人」を直前に見てしまったので、このシーン見るとなんというか、サイコパスなのは人間なのかレプリカントなのかよくわからなくなってしまいましたよ。

映画の中でジョイというAIのホログラフな女の子が出てくるのですが(これがめちゃカワイイ)
「アレクサもあと30年くらいすると、こうなるのかなぁ」
なんてことを思ったりしました。

前作は舞台が2019年の11月なので、二年後の世界ですよ。

実際にはレプリカントは世の中にはいませんし、空飛ぶ自動車も実用化されていないので、現実は追いつけなかったのは残念ですが、音声入力や音声検索については2年後には追い付けそうな気がします。

あと立体英道についてはアスカネットさんが頑張ってらっしゃるので来年は実物をぜひ見に行きたいと思っております。

Verified by MonsterInsights