ドクター・デスの遺産

映画「ドクター・デスの遺産」を見ました。

テレビ番組の2時間スペシャルっぽいオープニングでスピード感のある展開。

良かったです。

 

原作はもっと良さそうなので読みます。

さっきキンドルでポチりましたよ。

ちょっと読んでみましたけど、最初からもう全然ちゃうやんけ、これはもう、原作ファンの人は、そうとうガッカリしたかもしれないのではという予感がします。

でも映画には映画の面白さもあるので、やはり映画見て原作小説読むのは正しい。

だいたい映画化される作品(小説でも漫画でも)はめっちゃ面白いのが多いです。

なにせ映画化されたりドラマ化されたりアニメ化されたりするくらいですから、そのプロットは秀逸なものがほとんどです。

ただ、残念なことに原作が小説の場合、映像化するとかなりな確率でガッカリします。

小説読んで面白いと思って映画をみるとだいたいガッカリします。

(クーンツの作品なんかもう、ほんとに舐めてるのかっていうくらいガッカリするのが多い)

原案くらいにとどめて、まったく違う作品にすると、いい意味で期待を裏切られて面白いのですが、そうじゃない場合だいたい面白くないです。

小説を映像化して面白い場合は、

主役が変わっている 原作では男性だが映画では女性「リング」とか

主役の年齢が違う 「四月は君の嘘」とか

なんかもういろいろ全く違う  「漂流街」とか「愛と誠」とか「シャイニング」とか

原作とは全然ちゃうやんけ!というのがけっこう面白いです。

原作を読んで映画もよかったというのは、最近だと「ぼぎわんが来る」です。

なんで映画化したときタイトルを「来る」にしたんでしょうか?

そんな一般動詞だと検索しても埋もれてしまいます。

「ぼぎわんが来る」で良かったのに、それか「ぼぎわん」でもよかったんじゃないでしょうか。

 

それにしても死を扱ったサスペンスでは、犯人が普通の人であればあるほど怖い気がします。

快楽殺人者よりも普通の人がなにかのきっかけでよぎる殺人の本能みたいなものが浮き出ているとめっちゃ怖かったりします。

よくいう「一番怖いのは人間だ」というよな、ありきたりですけれどもよくある感想。

 

それにしても闇サイトで依頼するとかって、足がツキそうな気がするのですが、実際犯罪の痕跡を一切残さないとかできるのでしょうか?

個人的にはネットの匿名性については懐疑的(本気で調べてば個人の特定は可能)だと思っているのです。

 

 

MCU化する鬼滅の刃

正確にはMCU化というよりはハリーポッターやロード・オブ・ザ・リングみたいな感じで連作ににしちゃうといいんじゃないですかね。

たぶん、今回の無限列車編で制作費は回収できちゃってお釣りが来ていると思うのでアニプレックスさんにも余裕があると思うのですよ。

実際水面下で進んでいてほしいなと思っています。

「吉原遊廓編」「刀鍛冶の里編」「柱稽古編」「無限城決戦・前編」「無限城決戦・後編」というふうに作れば5本作れてしまうわけですよ。

3ヶ月か4ヶ月に1本の割合で公開していけば2022年までの売上は確保出来たようなものです。

興行成績が200億を突破して、まだまだ伸びそうな勢いですが、続編も200億以上は行くでしょうからシリーズ合計で1000億円を超えるのは間違いないんではないでしょうか。

 

放課後ソーダ日和

先日見た少女邂逅と同じ監督さんの作品。映画の最初と終わりに少女邂逅のミユリとツムギが出てくるのだけれども、物語に直接絡むことはないです。

世界線的には少女邂逅の5年後くらいの物語。

少女邂逅に出ていたお父さんはなんというか娘が自殺してしまうくらいですから、あまりいい父親ではなかったかもしれませんが、こちらの放課後ソーダ日和のお父さんは、男で一つで娘を立派に育てている良いお父さんです。

 

物語の終わりの方でお父さんが言う、「自由というのは○○ということなんだ」っていうのがホントそれということで、森田想(もりたこころ)さん演じるサナという女の子が、自分の娘と重なったりして、なんとなくホンワカした気持ちになったりして、まぁ機会があれば娘にも見てほしいと思ったりしましたよ。

 

それにしてもクリームソーダ700円(たぶん税込み)というのは、おじさんである自分の感覚でいうと

「高けーな、オイ」

700円あったら定食が食えるのに、あんなジュースに毛が生えたようなもので700円とかどうなんだ。という気持ちですよ。

というかオッサンがクリームソーダ頼むのはなかなか絵的に辛いものがあるのではないかなぁとも思ったりするのですが、そうは言っても結構甘いものも好きなので、もしかしたら注文するかもしれない。

というか、映画を見るとクリームソーダを今度注文してみようかなと思ったりもするわけですよ。

 

 

少女邂逅

「少女邂逅」見ました。

地方独特の閉塞感というか失望感のような無力感のようなものに絶望しそうな少女たちの物語。

映画の中では少女漫画なんかにありがちな同級生とかとの恋愛の要素はほぼなく、途中少しだけ生物教師とのわずかな恋愛感情を匂わせるシーンがあるだけでした。

地方の学生にとって、「東京へ行く」というのは、一発逆転というか、閉塞感を打ち破る唯一の手段のようなところがあります。

地元に残ることは若者にとって変わらない退屈でつまらない絶望が平穏に続く日常といっしょに過ぎていくのです。

実際は地方には地方のいいところや変化や面白いところもあるのですが、情報ソースがテレビやラジオ雑誌などのマスメディアが主だったりすると、そういう魅力や情熱というのは、若い人たちには届かない、届きにくかったりします。

高校生にとっては、テレビとか雑誌とかネットメディアにしても、東京発信の情報がヒエラルキーの上部に位置しているのは、自分が高校生の頃とあまり変わっていないような気がします。

SNSにしたって影響力のあるインフルエンサーは東京周辺に在住しているし、グルメやらファッションについては都市圏の情報がメインになっているのだな。

50を過ぎた今になって思うんは

世界というのは自分の器と対になるものだから、自分のサイズが小さいと世界もちっぽけにしか見えないのだなということだ。

では、50過ぎた自分にとって世界はどの程度の大きさになったのか、ということですけれども、

確かに自分が高校生の頃に比べたら世界の広さというのはかなり広がったなと思うのですが、

そうはいっても自分自身はちっぽけな器の人間ですから、世界を股にかけて活動しているビジネスマンだとか、アーティストに比べると、ぜんぜんちっぽけなんですよ。

つまり知らない世界が多いというか、ほとんどのことを知らないし、知らない世界もぜんぜん狭い範囲でしから「知らない」と認識できない。

勉強したりそれなりに経験を重ねていくことで、世界がどんどん拡大していくわけで、その後悔は、

「もっと勉強しておけばよかったな」

「学生のうちに沢山本を読んでおけばよかった」

「若いうちにもっといろいろな経験をして、失敗しておくのも大切だったな」

というような感情として自分の中に溢れてくるわけですよ。

 

けれども、命を失ってしまうような失敗だとか、本当に取り返しのつかないような経験までを肯定してしまうのも間違いな気がします。

それはイジメだったり暴力だったり犯罪行為であるとかするのですが、結局はそういった経験は肯定すべきではないと思うし、謝罪や悔恨があったとしても、相手を許すのはまた別の問題なのだろうなとも思いました。

自分の中の憎しみであるとか辛さ、痛みと向きあうのは、結局は自分でしかないわけで、乗り越えることができるかどうかなんですよね。

 

最後、東京へ向かう列車の中にほかのお客さんがいない、

というのもなにか象徴的なものを感じました。

 

 

 

 

レプリカズ

ネトフリの新着でキアヌ・リーブス主演映画「レプリカズ」が観られるようになっていたので早速見てみた。

キアヌ演じるウィリアム君は、ある医療系のバイオ企業に勤める科学者です。

死体に針をぶっさして、人間の記憶や意識を取り出して、そのデジタル化したデータをロボットにコピーするというちょっとアレなキャラクター。

「人間は過去の出来事と過程の総計、神経科学だ。」なんて奥さんに語ってしまうような人間で、あまり魅力的ではないです。

決断力もないですし、哲学や信念もないっぽい。

そんな彼の仕事ですが、実験がここにきて失敗続きです。

上司から「次失敗したらクビね」ということで、どうしようとクヨクヨしています。

こりゃ研究所にこもってでも実験をしなければ!という風になるのかと思うのですが、なぜかしっかり休みを取って、友人のエドに船を借りてバカンスを楽しむために港に向かいます。

その途中、乗っていた車が事故って、奥さんと子供三人が死んでしまいます。

 

ウイリアム君は考えますよ。

そうだ、「人格をコピーして、レプリカを作ればいいのだ」

 

で、彼はそれを実行に移すのですよ。

 

途中、再生した家族が食事の仕方が奇妙だったり、奥さんがジョギング中になんか怪しい表情になったりするという伏線があるのですが、回収されません。

脚本が途中で変わったのかもしれません。

あと主要人物のうちエドくんだけが死んじゃってるのですごくかわいそうです。

むかつく上司のジョーンズはなぜか生きているし、それならエド君もレプリカったらよかったのにと思いましたよ。

 

まぁ設定の所々が非常に浅いのですが、その分自分で深く考えると面白いのかもと思いました。

「人間を複製することがなぜ倫理的にダメなのか」

「人間にとって意識とはなんなのか」

「魂の存在はあるのか」

「肉体が人工物だとコピーはだめなのか」

「コピーされた人格は会社の持ち物になるのか、所有者はだれなのか」

「電子化された人格はコピーがいくつでもできるのだから、そうなると人にとって死とはなんなのだろうか」

「肉体が死んでも意識があるならば、人間にとっての本体は肉体と意識とどっちなんだろう」

「そもそも意識とは何か」

みたいなことを自分で考えるいいきっかけにはなるのではないかな、なんて思いました。

小説とか脚本を書く人はこの映画を見て

ここはこうしたら面白いはず!

ここのところをもっと膨らませてホラーテイストに!

みたいな感じで30本くらい物語が作れる作品だと思うので、ネタに困ったクリエイターさんは見るといいのではないだろうかと思います。

 

創作系の思考回路をもっている人だったら、奮起すること間違いなし。

 

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