ショック・ウェーブ

アマプラでドキュメンタリーの「ショック・ウェーブ」を見た。

グーグルマップでその現場を見ることもできます。

下関でも2009年に爆発事故がありました。

内閣府発表の令和2年版防災白書ではコロナウイルス感染症にも少し触れていたりする。

ざっと一通り目を通しておくだけでも、心構えとか覚悟とか上書きされるのでなんかあっても、知らない人よりももんのちょっとかもしれないが余裕が生まれる。

人が、不必要に恐れを抱くのは、やっぱ、なんだかんだ言っても情報不足だからだ。

平時にできるだけ多くの情報に触れていろいろ知っておくだけでも、いざというときに冷静にたいしょできるのだろうと思う。

景気が悪くなると、老朽化の補修とか修繕とかが後回しになってしまうのは世の常なので、これから先爆発事故が多くなっていくのだろうなと予想できる。

 

ウチも倉庫がいい加減古いので引っ越すなり建て代えるなりしたいのだけど、いい物件がないのよね。

本好きの下剋上

オーディブル版が良かったので、アニメシリーズを一気に読みました。

この作品は「小説家になろう」という投稿サイトに2013年から連載投稿され2017年に完結。

その後小説が商業出版され漫画化、ドラマCD化、テレビアニメ化されている。

 

娘は今「約束のネバーランド(二期)」を楽しみに見ている。

ネトフリ、アマプラ、Huruなどサブスクな動画配信サービスは、従来の視聴の仕方を変えちゃってるなと本当に思う。

たぶん、一生かかっても見終えることのできないコンテンツが、目の前にあるのだ。しかもそのコンテンツは今後もどんどん増えていく。

新作ではなくても、まだ見ていない面白そうな物語はものすごくたくさんある。

全部見られる気がしない。たぶん、物理的にムリだ。

2倍速で見ても時間が足りそうにない。

あと予算が掛かっていれば面白いのっていうとそうでもないし、

最初の10分が面白かったりしても、途中からつまらなくなったり、

逆に最初の30分はものすごくつまらないのだが、途中から超絶面白くなったり、

◯◯さんが、「面白い」って言ってたから見てみたら面白かった。

◯◯さんが、「面白い」って言ってたから見たけどイマイチだった。

その両方のパターンがあって、結局「面白かった」「見てよかった」というのは、自分で終わりまで見ないとわからない。

もちろんレビューや評価の点数というのはある程度参考にはなるのかもしれないけれど、星が一つでもけっこう面白いものもあるし、星が4つでもイマイチなものも多い。

そういう当たり外れ含めて全てを楽しめるようにするしかないのである。

アメリカの連続ドラマとかは面白いかもしれないのだけど、シーズンが長すぎて脱落してしまいます。

Xファイルとか最後どうなったのかぜんぜん知らない。

短期的評価と長期的評価

下関では年に一度くらい雪が積もって市内の交通が麻痺します。

安全第一ですから、雪の中無理してくる必要はありませんので、例えば、遅刻したり、出社できない場合はペナルティはないです。

けれども、そういう雪の中でも、冬季はスタッドレスタイヤを通勤に使うマイカーに装備していたり、マイカーが使えないので、代替法として列車で通勤したりする社員もいます。

「なんとかして出社する社員を評価する」という意識はあるのですが、たとえば特別警報が出た台風が近づいている場合、その社員をひょうかするとなると、忖度が発生して、なんとかして会社へ出勤するのが正義みたいになるので、そこは評価にはカウントしません。
というような決まりになります。

決まりはそうなんですけれども、感情的というわけではなく、工夫して出社してくる社員に対しては評価は高まると思うのです。

すごい台風が来ていても、それを予想していろいろな手段で対処して、時間通りに仕事ができるようにしている

すごい台風が来たので、おくれて出社する。

そういう二人の社員がいるとして、どう評価するのが正しいのか。

短期的には評価に影響しない。
つまり、台風が原因で欠席や遅刻をしたとしても給与に差をつけない。

長期的には評価するようにする。
例えば年次の昇給で差をつける。Aさんは5000円の昇給でBさんは1万円。

働く姿勢によって評価に違いをつけたほうがいいのか、単純に行動や、するしないに対して差をつける。

評価基準をすごくこまめに設定して見えるようにするとか、

緊急事態下に出社する人と用心のために出社しない人の差をどうすればいいのか?

 

経営理念とか社員教育の結果として
社員全員が「緊急自体下でも出社する」という
「会社組織」を経営者が目指すかどうか、

経営者としては「緊急事態や警報がでていても俺は工夫して出社するようにしている」

「だが、社員にはそこまで要求しない」

「でもそういう社員がいれば、褒めないし評価もしないけれども、俺は素直に嬉しいと思うのだ!」

それもまた忖度になっちゃうなー。

こういうときは正直な気持ちを文字にするのが正解なのではないかとも思う。

「こんな雪の日でもなんとか工夫して遅刻せずに出社する君を自分は嬉しく思うし評価する。月給や有給休暇には影響はないけれども、引き続きそういう姿勢で業務に努めていただけると嬉しい。」

ということかな。

ハウス・ジャック・ビルト(R18+)

ジャックという連続殺人鬼が自分がやってきた人殺しを告白するという体で話が進行していくのだが、これがもう、殺人鬼の認知のゆがみがすごいのですよ。

で、このジャックという男は、それなりに社会的には成功しているように見えます。

自称建築家で建築用の土地を持っていたり、自宅を建築したりしているのでそれなりの資産も持っていそうです。

死体を隠すための大きな冷蔵庫も持ってますし。

一時的にも家族ぐるみで交際するような女性(再婚しているのか、それとも拾の親子関係なのかはわかりません、なんとなく女性の連れ子のような演出ですがそのあたりははっきりとし描写はないかな)や別に恋人のような女性が犠牲者というか被害者として描かれるので、女性から見るともしかすると魅力的に見える側面があるのかもしれません。

魅力的に見える部分は映画のストーリーとしては語られていないのですが、人間としてどこかが壊れているキャラクターはいやだなぁと思います。

 

世の中にはサイコパスと分類される人がいて、その割合は結構高いそうです。

いわゆる反社会性人格障害者の割合は100人に一人くらいと言われています。

つまり案外、珍しくはないということです。

仕事をしていくうちに
「このお客さん、ちょっと妙だ」
「この取引先は、いつも無茶振りばかりだなぁ」
というときは、案外サイコパスな人なのかもしれません。

世の中にはお金を払わなくても平気な人もいますし、平気で嘘を付く人も案外多いのです。
あなたの想像を絶するようなことを平気ですることのできる、もしかしたらそれを喜んでやっている人間が近いところにいる、そう思って世の中を眺めているとけっこう警戒心が強くなってくるのです。

そして、ネットの時代だとツイッターアカウントの向こう側にいる人間が、案外そんなサイコパスだったりするのかもしれません。

自分と違う意見や考え方を表現しているそのアカウントが、もしかしたらスゲコワなサイコパスで逆恨み野郎だったらめっちゃ怖いじゃぁないですか。

そういうふうに考えているので、炎上していたり、ものすごい行きおいで正義を振り回し怒りをばらまいている人を見ると

「なんでこの人は自分だけが安全だって信じられるのだろう?」

と羨ましく思うのです。

 

ちゃんと勉強したいのでまずはメソポタミア文明

大学入試は世界史を選択していたのだけれども、その時以来ほぼ勉強していなかったので、世界史を少しずつ復習していこうと思っています。

まずは古代四大文明のうちの一つメソポタミア文明あたりから始めていこう。

ギルガメッシュ叙事詩とかハンムラビ法典とか聞いたことはあるけれども内容はほぼ把握できてません。

中東問題とか今のイランとかイラクとかパレスチナ問題とか考えると、このくらい昔までさかのぼらないとあんまり理解できないのだろうなと思います。

バビロンとかはこの時代のことらしいくらいしか自分はわかってないのです。

バビル二世は関係あるのかな?とか(たぶん関係ない)

つくづく勉強していなかった自分がなさけないです。

とりあえずアンリミテッドで読んでみます。

コロナ禍でゲーム業界はどう変化した?巣ごもり需要で売上アップってほんと?

アマゾンオーディブルで『「コロナ禍でゲーム業界はどう変化した?巣ごもり需要で売上アップってほんと?」ゲーム会社の社長3人に聞いてみた。』を聞き終わりました。

実際にゲームを制作している会社の社長さん三人のお話。

サイバーコネクトツーの松山洋さん
トレディアの松田崇志さん
ビサイドの南治一徳さん

それぞれの会社で実際リモートになったりして、どうだったのか、こんなことがあった、こんなことがあった、というようなことを話されています。

なんとなく、たまたまこの三人が、ファミレスで隣の席に座っていて、

「実際にどんな感じ?」

というような会話が漏れ聞こえてくるようなお話でした。

収録は2020年の10月ですから、約3ヶ月前の情報ということになります。

松山さんと南治さんは、今流行りのCLUBHOUSEのアカウントがあったのでフォローしてみました。

あと、松山さんのチェイサーゲームという漫画がアマゾンの読み放題だったので、読む予定です。

実際にリモートでできる部分、ここはできなっていう部分があるのと、

あと外注というか委託したりできない部分が自社にとって大事なんだろうなとか、人材を入れていくときに実際に会うのがいいのかどうかとか、思うところがあった。

ウチの会社は、基本的に画面を挟んでやるような仕事ではない部分もあり、店頭でお客さん相手にいろいろ質問したりやりとりしたりするのと、電話越しだったりするのではまた違うかもと思ったり。

画面越しなら平気だけど面と向かってやり取りするのは苦手だったり、またはその逆だったりとか。

人によってコミュニケーションの得手不得手があるのでそれに合わせて仕事を組み立てて行く必要があるなと思った。

あとボーナスの評価計算の方法は面白いと思ったので、ウチでも取り入れていきたい。

たとえ明日、世界の終わりが来ようとも、私は今日りんごの木を植えよう

感染症対策や危機管理というのは、このりんごの木である。植えたりんごの木に水を与え続けて初めて実りが期待できるものである。
今すぐに、りんごの実がなるわけではない。良い木を育て、良い実をならせるためには、長い展望を持ち、不断の努力が求められる。
しかも、努力した人自らは、おそらくりんごの実を味わえることはまれである。
万一、それを味わえた人は極めて幸運である。感染症のアウトブレークや危機管理が問題になるようなことが起きなければ、その努力は世に知られることはない。それでも、難しい状況、悲観論を乗り越えて、今日りんごの木を植えよう。

加藤茂孝さんの「人類と感染症の歴史」の締めの文章です。

今現在、一番安全なのはじっとして動かず、なにもやらないことなんでしょう。

でも「なにもしない」というのは死人テストで引っかかるので行動ではありません。リーダーがやるべきことではないのですな。

同じように「オリンピックを開催しない」ということも死人テストに引っかかるので、それは行動ではないです。

リーダーシップというのは、どう行動すればいいのか、自らを持ってそれを示す旗印となることだと思います。

具体的に何をどうすればいいのか、成果にむかってやることを取捨選択して優先順位をつけて、行動に落とし込んで行くわけです。

 

老害だとかいろいろ誹謗中傷がひどいですけれども、森喜朗さんは頑張ってるのだと思います。

実際にそばにいる人とか、知っている人は、森さんのやってることを信じて頑張っているのではないかなと思う。

自分は「本当はどうなのか」を知ることはできませんが、噂話や憶測や又聞きであれやこれや言わないように心がけたいです。

僕自身は、東京オリンピックは開催すべきかすべきでないか、その二択で質問されれば、「開催すべきではない」と思うのですが。
実際にオリンピックを目指して頑張ってきているアスリートの方や携わってきたスタッフのみなさんの気持ちを考えると「やめたほうがいい」とは面と向かって言うことはできません。

 

ネットで文章を書くときは、

相手が目の前にいたら、自分は同じことを相手の目を見ながら言えるだろうか?

そう考えながら書いているかどうか、よく確かめないといけないなぁ、そういう気持ちが強くなってきています。

森喜朗さんは、暗い水の流れにうたれながら身を削ってなんとかのぼっていこうとしてるんだと思います。
闘わない奴らが、笑いながら、消えてしまえばいいのにと喜んでいる姿を見ると、なんだかとても残念な気持ちになります。

本当はトランプさんみたいにツイッターのアカウントがあったり、せめて公式のwebsiteとかブログがあるといいのにと思います。

ここは10年以上放置されているし政治家の人がみな河野太郎さんなみの情報発信力というかPR力を持っていればいいのになと思います。

あと今回のゴタゴタについてコメントを聞きたい人のリストだけ書いておきます。

御手洗冨士夫さん
遠藤利明さん
山下泰裕さん
室伏広治さん
荒木田裕子さん
田中理恵さん
成田真由美さん
蜷川実花さん

とりあえず、このあたりの人以外の話は聞くに値しないくらいの気持ちで、この話題は閉めようと思います。

 

 

 

 

ブレット・キングの拡張の世紀

攻殻機動隊みたいに生体と直接ガジェットが結びつくような世界にはまだしばらく時間がかかりそうではあるものの、スマートウォッチで血圧や脈拍、血中酸素濃度も把握できるようになってきている。

で、この本を読んでみるとそういうウェラブルな端末というのが欲しくなってくるから不思議だ。

自分も今年で55歳になるので、四捨五入すると60歳になるわけで、まぁジジイですよ。体の節々はすぐ痛くなるし、なにかっていうと腰にくるし、ストレッチしても全然伸びないし曲がらないので、健康管理は大事だよなと思うことばっかりなわけです。

 

あとPHUD(パーソナルヘッドアップディスプレイ)のいいのが出てくるまではARやVRはまだまだ普及しそうにない気もします。

実際、Oculus Questは持ってはいますけれども、やっぱり大きいし、あれを装着したまま外に出るのは抵抗があります。

 

CD管

家建てたあと後悔したのは、コンセントLANとかでなく、CD管で有線LANを構築できるようにしたらよかったなということです。

無線LANとか配線がなくてもそこそこのスピードが出る今日このごろなのですが、やはり有線の安定性というのはありがたいと思います。

LANケーブルもそのうち規格が変わっていくことを考えると、やはりCD管で各部屋をつなぐのがいいのではないかと思います。

2050年 世界人口大減少

国連の予測よりも早く、世界規模で人口増加は頭打ちして減っていくのではないか、という内容ですよ。

出生率が減っていくのは先進国では標準的なことで、アフリカ諸国においても、想定しているよりも早く人口増加に歯止めが掛かるということですな。

 

以下、個人的に思うこと。

 

ドーキンスの「利己的な遺伝子」にもあったけれども、人類という種全体にとっての生存戦略として個人の遺伝子を残すよりも種全体の遺伝子を残すようにするようになったのかなと考えたりする。

例えば漫画の世界で
「手塚治虫の子どもたち」というと、手塚作品の影響を受けた漫画家のことであって、そこに血脈的な遺伝子はもはや必要でないわけです。

他にも建築家の世界でも、スポーツの世界でも、実際の血脈的な関係ではなく、そこにある思想であったり技術の蓄積であったりする部分で「受け継ぐ」という関係があるような気がする。弟子は血縁関係が必ずしも必要ではなく、一子相伝と言っても実際は他人であったりする場合も是としたり。
そしてそのような関係において種やあるいは系統そのものを強化・増殖させていくほうがその集団の生存戦略としては正しい一面があるのではないかということなんではないかと思ったりするのです。

そういう視点からLGBTを含めた世の中の潮流を考えると、親子関係に置いて血というのは、あまり関係なく、自分の両親がどちらもが男であったり、女であったり、実際には血がつながっていなくても「親子関係である」と認めていくような世の中になっていく下地が固まってきたのかなぁと思うのです。