育ってきた環境が違うから

SNSやネットを利用することとか、コミュニケーションの形が変わっているからしょうがないよね。

極端な例えかもしれないけれど、

文字が読めない人と読み書きができる人 の間には時間間隔とか仕事の段取りとか、手順の組み立て方とか、本当に生き方の、自分の人生の組み立て方が全く違うと思うんだよ。

Z世代がわからないなら、Z世代のように振る舞うといいのではないだろうか。

仕入先メーカーとか、地元の商工会とかの懇親会とかで、つまんないからスマホでTwitterを読むとか。

 

コミュニケーションのツールが変わるっていうのは、生きる上での最適化の道順が変わってくるっていうことで、人を雇用したりチームを組むときに、その最適化に職場の環境が適応できているかなんだと思う。

あなたは、本を読んだり文章を書いたりすることができる。
効率のいい仕事の組み立て方だって自分で考えることができる。
ところが、あなたの入社した職場の人は、上司も先輩ももちろん社長もみんな文字を読むことができないし、本を読むことができない。

記録を残さないからいつまで立っても職場の環境は改善されないし、情報の共有も刹那的でいきあたりばったりだ。

そりゃぁ、うんざりもするだろう。この会社にいたらだめだ、って思うだろう。

 

たぶん、Z世代の人たちは、多層的な人生を行きていくのに最適化している、あるいはしつつあるのだと思う。

複数のコミュニティに同時並列的に所属し、時と場合、目的と手段に合わせてゆるやかに、それでいて素早く対応する生き方をしていくのが、最適化されていくのではないだろうか。

ぶっちゃけ「半年後、もしかしたら3ヶ月先のことはよくわからん」という世界に生きているので、会社組織とかは、芯のブレない10年20年スパンの哲学を提示して

「まぁ、気に入ったら、その時にジョインしてちょ」

くらいの軽い気持ちで、雇用するのが正しいのかもしれない。

 

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