ちょっと熱っぽい。
体温計は36.9度。まぁこんなのは熱のうちには入らないのかもしれないが、鼻詰まりがひどい。
今日は長女の成人式だったので、車で送ったりしていたのだが、なんだかすごく疲れてしまったので早く寝ます。
日々の出来事
ちょっと熱っぽい。
体温計は36.9度。まぁこんなのは熱のうちには入らないのかもしれないが、鼻詰まりがひどい。
今日は長女の成人式だったので、車で送ったりしていたのだが、なんだかすごく疲れてしまったので早く寝ます。
今日現場に配達に行った時のことです。
対向車がパッシングしてくるんですよ。
なにかなーと思って走ってると、建物の陰に四角い箱があって、おまわりさんが三人くらいいらっしゃいました。
スピード違反の取り締まりをしていました。
ここ最近は制限速度で走るようにしているのでなんでもなかったのですが、
「もしかして何キロかオーバーしているか?」と多少なりとも不安にはなります。
制限速度が40キロの直線道路で45キロくらいのスピードを出してしまうことはないとは言えません。
5キロオーバーくらいだと捕まらないという話ですが、なんとなく緊張しますし、制限速度が40キロの道で35キロくらいのスピードで走ると、それはそれで渋滞の原因になったりします。(後続車の人はたぶんイライラするかも)
ここに来てちょっとナーバスになっている。
道路が寸断されたりして救助や支援が被災地にたどり着けないのをみていると、近々起きるだろうと予想されている東海地震や南海トラフ巨大地震が起こったときにどうなっちゃうのだろうか、と。
少なくとも一週間分の備蓄が必要っていうことはわかる、まずは生き延びること、死なないことが第一の目的だっていうのもわかる。
それでも、実際に災害が起きたときにどうなっちゃうのだろうか。
自分の年齢を考えると、たぶん生きているうちに経験するのは間違いない。
もしかしたら明日起きるかもしれないし、30年後に起きるのかもしれない。
幸い山口県の下関、自分が住んでいるあたりは、それほどの災害はないのかもしれないけれども、内閣府の防災チャンネルで説明されているようなことは、起きるのだろうし、もしかしたらその想定以上のことだって起きるかもしれない。
再び立ち上がることはできるのだと信じたい。
信じたいのだ
今年は教養としてのプログラミングスキルを高めていきたい。
高めるというかプログラミングができるようになるというのはどういうことかっていうところから始めなくちゃならないのだけれど。
そもそも「プログラミングができる」というのはどういうことなんだろうか?
変数、データ型(文字とか数とか日時とか)、制御構造、関数などの基本的な概念をマスターすること。
コードを記述できるように、ロジックを組み立てて効率的にかけるようになること
テキストエディタやGitのようなバージョン管理システムを使いこなせるようになること
アルゴリズムやデータ構造を効率的に選択し適用する能力をもつこと
常に新しい技術や手法を学び適応する柔軟性を持つこと
単にコードを書くことができるということ以上に、問題を解析し、効率的かつ創造的な方法で解決策を実装する。問題を定義しそれをハックするという能力を高めていくことなんだと思います。
いろいろな状況や現実の世界の変化についていけるようになるためには、今まで以上に色々な分野に興味を持って知るための行動を多くする必要があると思います。
「別にこまっていないしこのままでいいや」というような「現状維持バイアス」に飲み込まれることはよくなさそうです。
これまでに想定しなかったような災害や事件に巻き込まれることもあり得る時代になっています。
情報テクノロジーやコミュニケーション技術の変化、OpenAIによる知的創作活動のコスト変化など、これから先10年ほどの間に起こる社会変化は大きなものになるでしょう。
印刷技術、蒸気機関、内燃機関、電信電話、電波通信、発電、コンピューター、時代時代に誕生した技術はそのつど社会を作り替えていています。
人の生き方はそれぞれの時代に合わせて最適化され変化していきました。
自分自身の目標や価値観は自ら欲するから変わるというわけではなく、環境によって、(言い方を変えれば)、押し付けられるようにして、変化していくのだと思います。
自分が快適でなかったり、なにか違和感を感じているとしたら、それは、環境が自分に対して「お前は変化しなければならない」と言っているのかもしれない。
猫のように変化しないことも、それはそれで幸せかもしれないけれど、それは「飼い猫」であることあるいは「街の猫」であることが必要なのかもしれません。
いわゆる「野生の猫」日本で言えば「イリオモテヤマネコ」も「ツシマヤマネコ」も絶滅危惧種であり、庇護下にない状態では、生きていくのは非常に困難だったりする。
ではそのようなヤマネコは家猫に比べると不幸なのか、なんらかの保護下に置かれることで
死なない
という幸福を得ることができることは、間違いないといえる。
ただ、そのような庇護の傘が、ある日突然なくなってしまうことだってあるかもしれない。
それは災害だったり、経済的な不況だったり、もしかしたら戦争だったりするのかもしれない。
家猫が野生に帰れないように、人もなんらかの保護がなければ生きていくことはできない。
お互いを保護することのルールが少しづつ変わったとしても、なんらかの保護下でなければ人は生きていけないというのも、僕は事実だと受け止めている。
教養としてプログラミングスキルを高めていくというのは、その保護の手順やプロトコルを書き換えていくために必要なのではないだろうかと思っているのだ。
元旦に地震、二日に航空機事故、3日に商店街の火災。
2024年が始まってまだ3日しかたっていないのにいろいろなことが起こり過ぎで、この調子で行くと本当になにが起きて不思議ではないと思います。
一日一日を大切に過ごしていきたいし、できるだけにこやかに心穏やかに過ごしていきたいと思う今日このごろです。
そんな折、今日はユナイテッド・シネマなかま16まで映画を見に行きました。
長女がバイトをしているので、黒崎のお店まで送って、バイト終わりに迎えに行くまでのあいだ、時間をつぶすのにちょうどよかったわけです。
久々に黒崎まで行くので自動車のナビが不可欠だったのですが、なぜか行橋の方に場所設定を間違えてしまっていたらしく、さらにナビの地図データの更新が2018年でストップっしており、北九州高速を3回も降りたり上がったりしてしまったので、映画館に到着するのが予定より遅れてしまいました。
ちなみに見た映画は杉咲花さんの「市子」です。
冒頭の20分くらいを見ることができなかったので非常に残念でしたが、その20分がなくても十分に堪能することができました。
とにかく杉咲さんの演技がものすごいです。
市子の存在感がすごい。劇中の市子は存在していない人間なのですが、だからこその存在感があるのです。
人が存在すること、そこにいるということ、社会的に存在しているとか「いることを許されている」とか、普通に生活している上では気が付かないあたりまえの前提がない人がいるということを考えてしまします。
ちょっとしらべると
世界中で400万人以上の人が無国籍状態にあったり、日本国内でもいろいろな問題が起きているということだった。
今後も日本でいろいろな災害が起きるとして、その現場に国籍のない人がいるということもあるだろう。
映画「市子」のエンディングは
「え、結局、どうなるの?」というような終わり方で(たぶんハッピーエンドではなく)「どうしようもない現実」を突きつける形で幕を閉じる。
たぶん幸せになるための、幸せであるための最低条件を満たしていない人というのは、たしかに存在していて、それを「当たり前のこと」であると感じることするない側にいる人間にとっては「関係を断つ」ことでしか、お互いの存在を補完できないのかもしれない。
いろいろなことが世の中にはあって、それは本当に自分が知らないことで、その情報に気がつくことすらないということだってたくさんあるのだと思う。
このことについては、自分の中では答えとか、こうすべきだというような考えは今の時点ではなくて、どうすりゃいいのだろうか、自分はどうしていきたいのだろうか、というようなことを考えて、忘れないで行きたい。
それからもう一本映画を見た。
「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」である。
こちらは鬼太郎のお父さんの話。
舞台へ昭和31年の日本
ちなみに鬼太郎のお父さんは「幽霊族」であり、いわゆる妖怪なんだけれども、日本人として結婚していたというようなシーンがある。
でも妖怪なのだから当然国籍はないのだな。だからこその物語になっているのだが、国籍がないというのは、それだけで弱者なのだろうなと思う。
昭和30年代は国籍がない人というのはどのくらいたのだろうか、
戦後の混乱の中で無国籍の状態になってしまった人は少なからずいる。
もしかしたら幽霊族というのは、こういった無国籍の人の寓話であるのかもしれないと考えたりもしました。
大きな地震があったり、航空機の事故があったり、どんなに自分が気をつけていても巻き込まれてしまうリスクは0にはならないと思っています。
いろいろな災害リスクがあります。
地震、津波、飛行機事故、列車事故、火事、高層ビル火災、山火事、台風、高潮、核事故、船舶事故、洪水、土砂崩れ、干ばつ、熱波、寒波、雪害、テロ攻撃、化学工場の事故や有害物質の漏洩、ウィルスなどによるパンデミック、サイバー攻撃によるインフラの機能停止、橋やダムの決壊、火山噴火、大規模な親戚の衝突、宇宙天気による電波障害や通信障害、ものすごい円安やものすごいインフレ。
数えるとけっこうあるような気もするし、そうでもないような気もする。
それぞれが10回ずつ世界のどこかで必ず起きるくらいの頻度ではあるのだろうと考えると、世界の何処かで今年中にどれかは必ず起きるわけだけれど、それが自分のまわりや関係する人々に降りかかる可能性はゼロではない。
ゼロではないけれども、そうとう低い割合であることはわかる。
多分宝くじに当たる確率よりは低いのではないかと思う。
これらの不安を軽減し、前向きな日常生活を送るのはけっこう大変なのかもしれない。
リスクを正しく認識すること、そして、そのリスクを「100%防ぐことは不可能」であると受容する。
受容した上で、自分ができることとできないことを把握しておく。
できることはやればいいし、できないことは「まぁしかたない」と諦観する。
自分の健康に気を使って、自分と自分の周りの人達のために貢献するように前向きに生きる。
自分ができることを少しでも増やせるようにいろいろなことやっていきたい。
ちなみに、阪神淡路大震災のときに、神戸へボランティアに行って帰ってきたときに青年会議所の例会で報告する時間を持たったんだけど、そのときに言ったことを思い出して書きます。
「今回ボランティアに行けなかったことを悔しく感じている人もいるとは思うのですが、いろんな人が安心してボランティアをしたり災害援助の活動をするためには、日常生活を変わらず送って、経済をいつも通りに回す人がいればこそだと思いました。
災害地に行って活動するためには、普段の生活をちゃんと維持する人がいればこそなのではないかと思います。
普段している仕事、学生さんであれば勉強、「いつも通りのことをきちんと続ける」ということも大事な行動だと僕は思います。
「ボランティア」というのは日本語だと「奉仕」とか「奉仕活動」という意味にとられることが多いのですが。英語本来の意味は「自分の意志で行う」「自ら行動する」という意味です。
誰かに命じられたからする、求められているからする、というのはボランティアとはちょっと違うのだと思うのです。
災害地に行って活動するのではなく、自分が自分の意志でできることをする、それが仕事であっても勉強であっても家事であってもなんでもいいのだと思います。」
2024年が始まりました。
今年はまだブログを書くようにしようと思います。
その日一日あった出来事や考えたことなどを書き出して、昨年はアウトプットがあまりできていなかったので、毎日の習慣にしていく予定です。
さて、新しい年もはじまりましたし、今後の10年でどういうふうに状況が変わっていくのか、できるだけ客観的に把握しようと思います。
まずは人口の増減がどうなるのかを改めて把握しておこう。
これは2025年の下関市の人口ピラミッドです。ピラミッドの形をなしていない。
ちなみに次のグラフは自分が高校生だったことの1980年の人口ピラミッドです。
そしてこれが、約10年後、2035年の人口ピラミッド。
1980年とそれから55年後の2035年では、グラフの形状が全く違う。
この違いをしっかり頭に残しながら、戦略をねっていく必要があるってことですね。