3人のレンガ職人

三人のレンガ職人の話。けっこう有名ですよね。

同じ仕事をするなら心持ちが仕事の質や量に違いをもたらしますよ、というようなお話です。

良い話ですが、理想論かなぁとも思います。

「レンガを積む」といいう単純労働であれば正解なのかもしれません。

実際の世の中はちょっと違います。

三人のサラリーマンがいて、

一人目の54歳の部長は、バブル景気のまっさかりに入社、

「あのころはよかった」だの「俺が若い頃はこうじゃなかった」だの毎日毎日愚痴をこぼしながら定年まで会社をクビにならないように、挑戦せず、ミスを避けとにかくことなかれ主義的な姿勢を崩さず、それでいて年齢だけは重ねているので年収はなんとか800万に手が届くくらい。

二人目の32歳の課長は、ゆとり世代で

コミュニケーション能力だけは高いが、しょせんカネがすべてだよね、この仕事は大変だけど、大学の同期の中では上の方の給料金額だからなんとかやれてる。年収は30代で400万に手が届くくらい。

三人目の24歳の君は、

志高く、理想的で、使命感もありますよ。PDCAも回したり自己啓発書も読んだりしています。自分がやっている仕事は社会変革なのだ!というような感じでモチベーションも高い。サービス残業どんとこい、1ヶ月の残業時間が200時間で家に帰るのはいつも深夜過ぎ。それでいて手取りは十数万円。

みたいなことがザラにあります。

しかも問題を複雑にしているのは、この三人がそれぞれ別々の会社、別々の業界で働いていてお互いが見えていません。

 

アルバート・エリスのABC理論は「同じ条件で働くとすれば」「同じ環境で働くとすれば」という前提条件があればこそ成立する論理です。

ブラック企業の場合、このABC理論をやりがい搾取の手段として上手に利用していることが多いです。

あと、経営する側からだと、使いやすい、あるいは使いたくなる理論なので、自制するというか注意しないといかんなーと思ったりするんですよ。

だから「自分に対して」このABC理論を裏付けとして仕事に取り組んでいくのはいいのですが、社員や部下に対してABC理論で説得するのは、

やってはいかんなぁ、言ってはだめだなぁと考えているわけですよ。

じゃあ、どうしたらいいの?ってことですけれども、

泥棒や強盗以外はすべての仕事に意義や価値、目的があるわけで、仕事するなら、目の前の仕事に集中して、いい仕事をやるしかないわけですよ。

その上でしっかり考える、本当の理想なのか使命なのか、大切なことなのか、

自分が作っているのは本当に100年残る大聖堂なのか?

でもって、現実、そんな100年残るような仕事っていうのは、そんなに多くはなくて、世の中の殆どは、

「もう、使命感とか自己実現とか、そういうのあとまわしでいいから、これをこうしてあーして、あっちへ持っていけ」というような単純にして単調で生産性は低いながらも社会インフラの維持という重要な使命は、はるか霧の彼方に存在はしているものの、遠すぎてほぼ実感できない仕事がほとんどなのです。

だから経営者としては、この話を社員にしたら負けだと思うので、しない。