所属することで得られるもの

会社に勤めるということを考えてみる。

ちなみに「つとめる」という言葉は漢字で書くと

勤める、務める、努める、勉める、と出てくる。

他にも孜める、劼める、劭める、勗める、と出てくるけれどもこちらは当用漢字ではないので、まぁよい。

で、「会社につとめる」という場合は

「勤める」か「務める」という漢字を使う。

大体は「勤める」が多いかな。「職務に従事する」という意味合いだと思う。

努力する意味の「努める」は「会社に努めている」というような言い方はしない。

「会社で◯◯に努めている」みたいに会社と自分の間に置かれたなにかのために頑張ってますよ。とまぁそういうニュアンスになるのが「つとめる」ということで、「会社に勤めている」というのとは意味が変わってくるのだと思う。

会社組織というのは、その営業活動を通して社会に貢献する。

社会に貢献するというのは、社会の役に立つとか、社会に対してなんらかの付加価値を提供したり、損害を少なくするであろう利益を供給したりするということだ。

人々の役に立つ、例えばそれが娯楽であったとして、その娯楽によって人々の生活が豊かになっていくなら、それは立派な営業活動だと思うのだ。

会社に所属するというのは、社会に貢献している会社にいることで、その価値をより高めていく存在になっているということなのだろうか。

どういう仕事であっても、それを望んでいるお客様がいて、しかも喜んでもらえるなら、その仕事は社会に貢献している。ということになると思うのですよ。

そういう仕事で利益を得るのは間違いではないと思う。

一方、詐欺的なこととか泥棒とか犯罪行為によって得られる利益というのは、社会に貢献はしていないよね。

喜びに対する対価ではなく、単に奪っているだけで、なんの価値も与えていない。そういうのはやはりビジネスとは言えない。

何らかの利益に対する対価をぐるぐる回すことで経済はうまく回っていくのだと思う。

なんというか、ブラック企業とか、社員を使い捨てにするとか、鬱になって壊れてやめていく人が多い会社とか、そういう会社がなんでやっていけるのか、よくわからない。

よほどの利益があがるのだろうか?

所属することで得られるものがなにもない、そういう会社だとやっぱり儲からないと思うのだ。