Judgments and Decisions

ネトフリで第2話まで見ました。

大きな組織での意思決定や決断っていうのはプロジェクトやそれぞれの抱いているゴールの幅が広すぎておかしくなっちゃうんだろうなと思った。

例えば、劇中の日本未来推進会議のメンバーにしても各省庁によって目指すべきゴールは微妙に違ってたりするのだと思う。
省庁を超えた意見の交換を行うと言っても、やはりそこは調整したり切り上げたり切り捨てたりすることが必要だと思う。

それから状況は刻一刻と変わっていくし、どういう一手が最善なのかというのはわからないのが当たり前なのだ。

それでも闇雲に見えながらも、いろいろな情報やなんかを総合的に組み合わせたり過去の知見をもって、ああしようだの、これはやっぱりやめようだの、決断するわけだけれども。

決断、というのは、やり直しが聞かないポイントを超えて、ここから先は、こっちの道を選ぶことはできませんよ~というような。あとリスクがどのくらいの割合だったらプロジェクトを進めるのか中止にするのかとか、そういう数値的な判断も考慮に入れる必要があるよね。

「成功率が3割です」って言われたときに
「そりゃ凄い3割もあるのだったらやるしか無いでしょう!」っていう人もあれば「半分もないのか、それだったらやらないよ」というのは、どちらも判断としては正しいわけで。

あとデータから割り出した「3」という数値にしても分母を変える、期間であるとか範囲を変えるだけど、その数字が1になったり9になったりするのもよくあるわけですよ。

「結局は関東沈没なんて起きなかったじゃないか!」
「どうやって責任を取るんだ!」
みたいな蚊帳の外から第三者的に安全なところから石を投げるのは簡単なわけです。ですからドラマにはもう一つ「そうではなかったシナリオ」もあるのだなぁなんてことを考えると、正義とか悪とかはその時々次代によって変わっていくのだなあと思う。