依頼する、助けを求める、

チャットツールやコミュニケーションツールを使っていると、ついついやってしまうのが「誰でもいいからよろしく」というような表現。

誰でもいいからよろしく

金子商会ではグループLINEとか使っているので、たまに自分も動けないときに、依頼事項なんかを流したりする。

で、依頼する方は「誰でもいいからやってほしい」ということであまり深く考えずに上の写真みたいな感じで流すのだけれども、それだと受け取った人は
(金子商会の場合は7人がこのメッセージを確認できる)自分がやるべきなのかどうなのかわからないし、読んだほうはなんだかモヤッとした気分になってしまう。

SlackでもTeamsでもなんでもいいんだけれども、いわゆるチャットツールとかコミュニケーションツールには情報共有ツリーなんかが設定していて、「誰でもいいからやってもらえると助かるなぁ」なんていうときは、個別にメッセージを送らずに、そのツリーに投稿してしまいがちだ。
たしかに、一人ひとりに送ったり、指名するのもめんどくさいし、本当にだれでもいいからやってもらったらいいや、という気持ちでもあるからだ。

けれども、そういう共有されたグループラインやツリーあるいは掲示板を使うときに、個人名を指定していないメッセージを送ると

「このメッセージを読んでいるあなたは
『誰でもいい』
『暇な』
『仕事してない(あるいは余裕のある)』
人なのだから、これやっておいてよ。」

というネガティブな認知を相手がもよおしてしまうのだ。
もちろん君はそんなことは思っていない「みんな忙しいだろうから時間のある人がしてもらえればいいや」くらいの気持ちなんだろうし、そういうネガティブな気分にさせようなんて思ってもいないのだと思う。

でも、相手を特定しない依頼をしてしまうと、相手に自分が意図することとは違った、間違った認知を与えてしまうというか、気づかないうちにネガティブなメッセージになってしまう場合があるということを忘れないようにしたい。

「だれでもいいからやっといて」
という指示はいろいろな会社や現場でよく聞かれると思う。

ドラマなんかのワンシーンでイライラした部長が、床に置いている商品かなんかに躓いて転びそうになって
「誰かこれ片付けとけ!」みたいなことを言ったときに
じゃあ誰が片付けるんだって言う話だ。
このシーンで描かれる上司というのは、あまりいいイメージではなく、駄目なキャラクターとして描かれている。

 

だれか一人がすれば解決する問題を「だれでもいいからやっといて」というあやふやな指示で依頼していまうと誰もが「自分じゃなくてもいいんだな」と思うのだ。

人は「誰でもできる仕事」にはやっぱり面白みを感じたり興味を持つことは難しいのだと思う。

「この仕事は君にしかできないよ」
「あなただったら、この作業ができるはず」
という伝え方と

「だれでもいいんでやっといて」
という伝え方では
どっちのほうが相手のモチベーションを高めるのかっていうことです。