井手上獏さんのこと normal is not colorful

本を読みましたよ。

ジェンダー問題については、これから経営者というか、コミュニティーを司ったりリーダーシップを必要とする立場にあるような人にとっては、OSのアップデートが一番必要なところだと考えています。

高度情報化社会になると血脈とか遺伝的な親子関係よりもバーチャル(仮想のという意味ではなく「実質上の」という本来の意味)による関係性がより強化されていくと思うのです。

そうなると父親とか母親などの人間関係が、これまでとは違った形で成立していくように思うのです。
人間関係が今と違う形になって信頼関係が組み立て方や組み合わせ方が変化してきて、育ての親が自分よりも年下になったり、育ての親が5人ぐらいいたり、戸籍上は女性のお父さんが二人いたりとか、とにかく
「あなた自身が一番幸せになるように」いちばんいい組み合わせを考えていくような世の中になっていくとは思います。
伝統的とか、生物学的に正当とか、宗教的にあれだという、なんかいろいろと価値観とか観念的なものが変わる次期なのかもなぁなんていうことを考えたり。

本に出てくる少年の主張全国大会
井手上さんは1:05:50のあたりで登場します。

60日間ワークブック


今日から新人さんが一人増えたので9日までの5日間研修をします。
午前9時から12時まで、お昼休みを挟んで午後1時から4時までの一日6時間
かける5日間で、合計30時間です。
研修が終わったらOJTで約3ヶ月の試用期間に入ります。
今回、御縁があっての入社なので期待しております。
というか、8月からの産休+育休に合わせての補充要員ですので、育休の人が戻ってくるまで、というか戻ってきてからも継続して出勤してほしいものです。

で、この原田さんの60日間ワークブックは新人研修だけではなく社員研修にもりようしたので、2007年に購入してから今まで16冊買ってます。

今でも普通に本屋さんで手に入るのでけっこう重版されているのではないだろうか。

ハウス・ジャック・ビルト(R18+)

ジャックという連続殺人鬼が自分がやってきた人殺しを告白するという体で話が進行していくのだが、これがもう、殺人鬼の認知のゆがみがすごいのですよ。

で、このジャックという男は、それなりに社会的には成功しているように見えます。

自称建築家で建築用の土地を持っていたり、自宅を建築したりしているのでそれなりの資産も持っていそうです。

死体を隠すための大きな冷蔵庫も持ってますし。

一時的にも家族ぐるみで交際するような女性(再婚しているのか、それとも拾の親子関係なのかはわかりません、なんとなく女性の連れ子のような演出ですがそのあたりははっきりとし描写はないかな)や別に恋人のような女性が犠牲者というか被害者として描かれるので、女性から見るともしかすると魅力的に見える側面があるのかもしれません。

魅力的に見える部分は映画のストーリーとしては語られていないのですが、人間としてどこかが壊れているキャラクターはいやだなぁと思います。

 

世の中にはサイコパスと分類される人がいて、その割合は結構高いそうです。

いわゆる反社会性人格障害者の割合は100人に一人くらいと言われています。

つまり案外、珍しくはないということです。

仕事をしていくうちに
「このお客さん、ちょっと妙だ」
「この取引先は、いつも無茶振りばかりだなぁ」
というときは、案外サイコパスな人なのかもしれません。

世の中にはお金を払わなくても平気な人もいますし、平気で嘘を付く人も案外多いのです。
あなたの想像を絶するようなことを平気ですることのできる、もしかしたらそれを喜んでやっている人間が近いところにいる、そう思って世の中を眺めているとけっこう警戒心が強くなってくるのです。

そして、ネットの時代だとツイッターアカウントの向こう側にいる人間が、案外そんなサイコパスだったりするのかもしれません。

自分と違う意見や考え方を表現しているそのアカウントが、もしかしたらスゲコワなサイコパスで逆恨み野郎だったらめっちゃ怖いじゃぁないですか。

そういうふうに考えているので、炎上していたり、ものすごい行きおいで正義を振り回し怒りをばらまいている人を見ると

「なんでこの人は自分だけが安全だって信じられるのだろう?」

と羨ましく思うのです。

 

私立高校の入試があった

今日は下関市の某私立高校の入学試験があった。

次女が受けたのである。
とりあえずはできたそうなのでよしとしよう。

下関市は地方都市なので、公立高校の方が偏差値が高く私立高校のほうが偏差値が低い。つまりは今日の試験はいわゆる滑り止めということになる。

公立高校の入学試験は来月3月9日。

残すところ35日。

模試の結果がギリギリのギリのラインなので必死こいて勉強しているが、いまだにエグザイルのキーホルダーを取ってこいだのイマイチ危機感というものがない。

あと義母が転んで顔の骨が折れたとかで、午後から妻が付添で動けなくなっていたりするので、ちょっとバタバタしているのである。

恵方巻買いに行かなきゃね。

少女邂逅

「少女邂逅」見ました。

地方独特の閉塞感というか失望感のような無力感のようなものに絶望しそうな少女たちの物語。

映画の中では少女漫画なんかにありがちな同級生とかとの恋愛の要素はほぼなく、途中少しだけ生物教師とのわずかな恋愛感情を匂わせるシーンがあるだけでした。

地方の学生にとって、「東京へ行く」というのは、一発逆転というか、閉塞感を打ち破る唯一の手段のようなところがあります。

地元に残ることは若者にとって変わらない退屈でつまらない絶望が平穏に続く日常といっしょに過ぎていくのです。

実際は地方には地方のいいところや変化や面白いところもあるのですが、情報ソースがテレビやラジオ雑誌などのマスメディアが主だったりすると、そういう魅力や情熱というのは、若い人たちには届かない、届きにくかったりします。

高校生にとっては、テレビとか雑誌とかネットメディアにしても、東京発信の情報がヒエラルキーの上部に位置しているのは、自分が高校生の頃とあまり変わっていないような気がします。

SNSにしたって影響力のあるインフルエンサーは東京周辺に在住しているし、グルメやらファッションについては都市圏の情報がメインになっているのだな。

50を過ぎた今になって思うんは

世界というのは自分の器と対になるものだから、自分のサイズが小さいと世界もちっぽけにしか見えないのだなということだ。

では、50過ぎた自分にとって世界はどの程度の大きさになったのか、ということですけれども、

確かに自分が高校生の頃に比べたら世界の広さというのはかなり広がったなと思うのですが、

そうはいっても自分自身はちっぽけな器の人間ですから、世界を股にかけて活動しているビジネスマンだとか、アーティストに比べると、ぜんぜんちっぽけなんですよ。

つまり知らない世界が多いというか、ほとんどのことを知らないし、知らない世界もぜんぜん狭い範囲でしから「知らない」と認識できない。

勉強したりそれなりに経験を重ねていくことで、世界がどんどん拡大していくわけで、その後悔は、

「もっと勉強しておけばよかったな」

「学生のうちに沢山本を読んでおけばよかった」

「若いうちにもっといろいろな経験をして、失敗しておくのも大切だったな」

というような感情として自分の中に溢れてくるわけですよ。

 

けれども、命を失ってしまうような失敗だとか、本当に取り返しのつかないような経験までを肯定してしまうのも間違いな気がします。

それはイジメだったり暴力だったり犯罪行為であるとかするのですが、結局はそういった経験は肯定すべきではないと思うし、謝罪や悔恨があったとしても、相手を許すのはまた別の問題なのだろうなとも思いました。

自分の中の憎しみであるとか辛さ、痛みと向きあうのは、結局は自分でしかないわけで、乗り越えることができるかどうかなんですよね。

 

最後、東京へ向かう列車の中にほかのお客さんがいない、

というのもなにか象徴的なものを感じました。

 

 

 

 

やる気スイッチが入らない

高2になる娘がいまして、最近勉強する意欲がすっかり減衰しているみたいですよ。

そもそも第一志望の高校に不合格で、いわゆる滑り止め高校生活を送っているわけで、そりゃモチベーションもなかなかあがりませんわな。

それでも本人は部活のブラスバンド部を頑張ったり、友達とショッピングを楽しんだりしつつ、大学には行きたいなんて考えているのですが、なぜ大学に行きたいのか?っていうと明確なイメージがあるわけではありません。

そもそも大学に行けばどんな会社にでも入社できるのかってそんなことはないわけです。

本当はツイッターとかSNSで将来なりたい職業の人とか見本になるというかモデルになるような大人、成人している人、使い古された表現でいうとメンター?みたいな人とつながるといいのでしょうが、いかんせん触れている世界や見ている世界が広くないので、繋がれないというかそんな感じ。

それとまぁいろいろあるのか親のアドバイスを聞かないのが、この世代のデフォルトですから、この本をよめばいいよ、この番組がいいよ、なんてことを言っても想定通りアドバイススルーになってしまうわけです。

次女も中学校3年で来年は高校受験なんですが、模試では志望校合格判定はDという感じで、追い詰められているから勉強するのか?っていうとTikTok見たりAbemaTVでエグザイルの番組見たり、恋愛リアリティーショー見たりしててあんまり勉強してません。

っていうか勉強しないよね、自分もそうだったもん。

中学校のときは今思い返すに本当に勉強していなかった。

偏差値も40台の高校生活だったし、高校生の時は数学なんて赤点とるのがデフォだったような気がします。

意識高い系の人は「今はWebで無料で高度な教育が受けられるよ。だから学校なんてどこだったいいよ」なんてことを言うのですが、それは偏差値が60以上ある学生さんだけに言えることで、基本的に勉強のやり方がわからない。ウルトラC的なできるだけ努力したくない脳を持ってる学生には当てはまらないのです。

世の中には、高卒で十分な仕事もやっぱりたくさんあると思う。

なんというか、うちの会社の業務なんてそう。

数Ⅰなんて使う機会ないです、二次関数とか因数分解なんて仕事では使わないし、ましてや数Ⅱのベクトルとか二次曲線とか正弦定理とかまったく不必要なわけですよ。

まぁ高校生、ましてや中学生の人生経験なんて狭くて浅いので、事あるごとに親が全肯定して後押ししたり応援したりしないと将来の理想像みたいなものは育たないと思う。

できるだけネガティブなことは言わず、「やってみたい」っていうことを言っ割れたら

「やってみなはれ」っていうしかないわけで、

ただ環境的にネガティブなことや維持の悪いことを言う先生だとか大人だとか、

やる気を削ぐようなことしか言わない人間がそばにいると、自己肯定感というのは低くなりがちになってしまうので、そういう大人からなんとか守ってやるのが親の勤めだろうとは考えているわけです。

ITとかプログラミングとかにはまったく興味がないみたいなんですよ。

ゲームとかもそんなに好きというかハマる要素も持ち合わせていないようですし。

とにかく漫画でもかまわないので本は欲しがれば買って良いというスタンスなんですけれども、一ヶ月に何冊も欲しがるほどの読書数でもないわけです。

 

とりあえずNGワードを言わないようにしてほしい。

「日頃から子どもに罠をかけてわざわざ嘘をつかせるような意地悪な質問をしていると、子どもは親に対する信頼感が持てなくなり素直な気持ちもなくなります。
そして、親の攻撃から自分を守るために、たくみな嘘をつくようにもなります。」

そりゃうんざりしてやる気も失せるって、ついつい疲れたときとか、忙しい時とか寝不足なときとかイライラしているときには、意地悪い口調になったりするので、そうならないように気をつけようと思います。

PCが届いた

そんなわけで先程PCが届いたので、明日からぼちぼちセットアップして行く予定です。

gitもアカウントはとっているのですが、なにぶんIT業界の人間ではないので単に登録しているだけという状況です。

単なる管材店ではこの先厳しいと考えています。

50歳すぎると老眼がキツくて大変ですが頑張っていくのだ。

I’m going to start setting it up tomorrow.

I have a git account, but I’m not in the IT industry, so I’m just registering it.

I think it will be difficult for me to be a mere pipe lumber dealer.

It’s hard to be over 50 years old and old eyes are hard, but I’m going to do my best.

 

 

カット野菜は素晴らしい

結論から言う。

生野菜はけっこう腐るのである。

とくにキュウリね。油断するとすぐにシオシオになって、気がついたらヌルヌルしたカビが生えてしまうのだ。

あと、一人分の野菜炒めとか作ると玉ねぎ1個というのは大きすぎる。

半分でも少し多いくらいだ。

あとピーマンとかは種を取るのがけっこうめんどくさい。

それから人参はやはり皮むきがちとめんどいのだ。

昼休みに家に帰ってちょいちょいと野菜炒めをつくる。

そういうときに生野菜を切るところからやってると10分くらいは消化してしまうのだ。昼休みの10分はけっこう大きい。

これがカット野菜だとその10分が省略できる。それから野菜炒めセットみたいなのだと一揃いの野菜が揃っているし、ここに一袋9円のもやしなんかを投入するとけっこうなボリュームになるのだ。

小分けにしておいた豚肉を一緒に炒めて、塩コショウで味付けし、オイスターソースを絡ませてしまえば、美味しい野菜炒めの完成であす。

豚肉の代わりに魚肉ハンバーガーとかスパムを刻んで入れるのもよい。

この夏を乗り切るためにゴーヤなんかもたまに入れたりするのである。

味付けも中華風にしたり、コンソメを絡ませてトマトーソースを入れたりして洋風の味付けにするのも美味しい。

あと昆布だしをふりかけて醤油で味付けしても結構イケルのである。

なんで、こういうことを書くのかというと、腹回りがやばいのである。

人と久々に合うたびに「ふとったねー」と言われるのである。

体重計にのってみると、これまでにない数字がでているのだ。

これはやばい、ここのところお昼休みにココイチのかれーとか、とんこつラーメン・餃子定食とか、うどんといなり寿司セットとか、そういう炭水化物要素のでかい食事ばっかりとっていたのである。

来月の24日に健康診断を受けるのである。

昨年よりも今の所5キロくらい体重が増えているので、ダイエットをするのだ。

とりあえずお昼の糖質オフを一月頑張っていくのだ。

 

 

Unityで建築

Unityはわかった!

大砲の玉を撃ったり、階段を登ったり箱を押したりするのはできるようになった(と思う)

とりあえずgithubアカウントとかレポジトリとかなんとなくわかったような気がする。(ほんとはよくわかっていない)

のでとりあえず次の段階へ進もうと思う。

とりあえず本を買った。

あとOculus Rift Sもやってきた。

なんか自分のノートパソコンだとスペック的にダメなので、使えるPCを手に入れなければならない。

インストールしたりとか設定とかもしないといかんのだが、まぁぼちぼちやっていこう。

 

36歳で結婚して子供二人授かって今53歳

確かに、この歳で子育てはちょっときついなと思ったこともありますがなんとかできているところもあったと思います。

まず両親が年食っている、というのはある。奥さんの親はお父さんが80すぎだしお母さんも80近い。自分の親父は死んでしまったし、おふくろはもうじき80歳だ。

認知症になっていないのは救いだし病気もない健康体なのでそのへんは安心だし、少しは面倒も見てもらえる。

とりあえず、実家が近いというのも、有利な点だったと思う。

人によってはおじいさんカードが使えなかったり、おばあさんカードが使用できない人もいるのだろうと思う。

なんだかんだ言っても子育てに置いて親類縁者のフォローというのはかなり大きな助けになるのは事実だと思う。

それから職場。

自営業なのでそれなりに時間の自由があるのはメリットだった。

奥さんも同じ職場なのでなんとかスケジュールを工夫しやすい。

それから職場のすぐ裏が保育園というのも助かった。

徒歩1分、というか、もはや隣である。会社から出て20歩くらいで保育園に迎えに行ける。預かってもらえるのは朝の7時から夕方の7時まで。

これは十分すぎる。

運が良かったなーと思う。

ちなみに26くらいのころは付き合っている人はいたのだが、その人とは結婚していなし。

今の奥さんはいわゆる紹介というか見合いみたいな感じで結婚した。

なにが言いたいのかというと、35くらいで結婚して40までに子供を持つという選択肢も、そう悪いもんでもないよ、ということである。

というか、自分も20代で結婚したいとか思っていたのだけれども、そう焦る必要もなかったなと今は思っている。