アップグレード

なんらかのデジタルデバイスを利用して身体拡張を行うというのは、SFにはありがちな設定です。日本だとやはり有名所としては攻殻機動隊とかゴクウとかあります。
実際のところ、スマートコンタクトレンズとかは実現に向けて着々と準備をしているようです。
MRとかARとかにしても何らかのデバイス、スマホのモニターだったりVRディスプレイだったりスマートグラスのホロレンズとかそういうものを利用するみたいなんですけれども、脳に直接イメージを送信するみたいなものは、いまのところほぼ無理そうです。
なんでかっていうと、人間の脳がどうやって世界を認知して論理展開してアウトプットしているのかというのは、よくわかっていないからですな。
シナプスがピコポコと化学反応を起こしながらいろんなことを処理しているのはなんとなくは分かるのですが、「どういう仕組で脳が機能しているのか」っていうのは結局の所よくわかっていないようです。

結局、しばらくの間はこの手のインプラント系デバイスというのは、鼓膜を振動させたり網膜に直接映像を投射したりといった人体の認知システムを利用したものになるのだろうなと予想されます。

映画の中では、実際に言葉を発生しないとデバイスとの情報のヤリトリはできないわけで「言葉を思い浮かべるだけ、心の中で唱えるだけ」だと認識できないという設定になっています。

仏教の色とか空とかも考えながら、認知する、世界とつながる、そういうことの不思議を考えたりするのです。

映画の方は、わりとブラックな終わり方で好みが分かれるかもしれませんが、もしかしたら続編もあるかもしれないと期待できます。

グレイから自分自身を取り戻すために、ハッカーのジェイミーがなんか協力したりとか(だってハッキングしたりして興味を持っちゃったりするわけじゃん)
あと敵役のフィックスは実は死んでいなかったとか、ライバル会社のコボルトの陰謀とか協力とかもあるかもしれんし、女刑事のコルテスさんも頭を撃たれたわけではなさそうだったから実は生きていた的な展開もあっても良さそうだし。
なによりもあの終わり方は後味が悪いのでもっと明るい終わり方もあるのかもしれない。

とおもってググってみたら続編の企画があるみたいのなで楽しみです。

シン・エヴァンゲリオン劇場版の感想とか(ネタバレあるかもしれないので、嫌な人は閉じてね)

そういうわけでシン・エヴァンゲリオン劇場版を見てきました。

自分はテレビ放送があった当時はもう社会人になって地元に帰ってきておりましたので、なんといいますか、そろそろオタク的なコンテンツから若干距離を置きはじめてはいたころで、何回か本放送を見たのですがサハクィエルのあたりで脱落してしまったのです。

その後レンタルビデオで最終話まで見て正直「なんだこりゃ?」という記憶が残っていたのだな。
その後、劇場版を見たりしてエバンゲリオンというコンテンツを楽しんでました。

今回の新劇場版もまったく違うものになりそうで「あれでしょ、Qの予告編とかも本編では出ないんでしょう」と思ってたらそのとおりでした。お約束でよかったです。そういうの大事。

実際、エバンゲリオンにハマっていたのは、自分よりも一回り下くらいの年代で、同年代で見ているという人はいなかったような気がします。

さてそんなテレビ放送が終わって25年。

今回のシン・エヴァンゲリオン劇場版は当時碇シンジと同じ年齢だとすると現在39か40歳になっているんだと思うのですよ。

自分はもう今年54になるんですけれども。

まぁこの年齢になって確信するのは、大人とか子供とかって、結局相対的なものでしかないのかなってことですな。

年の離れた人間が二人いたら、若いほうが子供、年取った方が大人の役割をする。

それは相対的なもので文句を言っても仕方がないのだな。

先に生まれたほうが大人になってしまうし、そうなってしまっているからこと大人の方が大人の役割をしないといけないルールになってはいる。

 

あと冷凍睡眠とかオルタード・カーボンっぽい肉体の再生とか、記憶のバックアップとか、義体化が進むと、大人とか子供の概念や役割が変わっていきそうな気がする。

 

ある日、自分の前に現れた子供が曽祖父だったり、自分の娘の結婚相手が、自分の父親だったりする未来もあったりするのだ。

現実問題として、LGBTとかの標準化で、親子関係というものはこれから先あやふやな複雑な関係にほどけていくような気がする。

そんなわけでラストシーンで大人になったシンジくんといちゃつくのはカヲル君だろうかとか思ったら違った。

 

 

 

 

 

本好きの下剋上

オーディブル版が良かったので、アニメシリーズを一気に読みました。

この作品は「小説家になろう」という投稿サイトに2013年から連載投稿され2017年に完結。

その後小説が商業出版され漫画化、ドラマCD化、テレビアニメ化されている。

 

娘は今「約束のネバーランド(二期)」を楽しみに見ている。

ネトフリ、アマプラ、Huruなどサブスクな動画配信サービスは、従来の視聴の仕方を変えちゃってるなと本当に思う。

たぶん、一生かかっても見終えることのできないコンテンツが、目の前にあるのだ。しかもそのコンテンツは今後もどんどん増えていく。

新作ではなくても、まだ見ていない面白そうな物語はものすごくたくさんある。

全部見られる気がしない。たぶん、物理的にムリだ。

2倍速で見ても時間が足りそうにない。

あと予算が掛かっていれば面白いのっていうとそうでもないし、

最初の10分が面白かったりしても、途中からつまらなくなったり、

逆に最初の30分はものすごくつまらないのだが、途中から超絶面白くなったり、

◯◯さんが、「面白い」って言ってたから見てみたら面白かった。

◯◯さんが、「面白い」って言ってたから見たけどイマイチだった。

その両方のパターンがあって、結局「面白かった」「見てよかった」というのは、自分で終わりまで見ないとわからない。

もちろんレビューや評価の点数というのはある程度参考にはなるのかもしれないけれど、星が一つでもけっこう面白いものもあるし、星が4つでもイマイチなものも多い。

そういう当たり外れ含めて全てを楽しめるようにするしかないのである。

アメリカの連続ドラマとかは面白いかもしれないのだけど、シーズンが長すぎて脱落してしまいます。

Xファイルとか最後どうなったのかぜんぜん知らない。

監視者たち

アマプラで韓国映画の「監視者たち」を見ました。


2014年の作品だからけっこう前のモノなんですね。

ぜんぜん知りませんでした。

主役の子豚ちゃんを演じた女優さんが可愛かったです。

 

こういう監視者を善玉サイドから描く映画はけっこうありますが、実際に個人情報がどうのこうので行われているのかどうかよくわかりません。
何年か前にセキュリティー関係の展示会に行ったときに、顔識別の性能の凄さに驚きました。

人物の動きが不自然であったり、何百人もいる映像から一瞬で特定の人物を抽出したりする技術は、実際ここまでできているのだなぁと。
歩き方や体型から個人を判定したりする技術はすでに映画の中だけのものではないのです。

本当なら去年の東京オリンピック会場では、こういう監視技術の見本市になっていたんでしょうけれど、お流れになっているのが本当に残念。

とはいえ、そのような監視社会が本当にいいのかどうかはよくわかりません。

悪いことすると捕まるのは当たり前なんですけれど、悪いことをしてもいないのに監視されるというのは、気持ちがいいのもではないからです。

会社の仕事が今リモートが増えているらしいのですが、監視していないと働いていないみたいなことがあったり、仕事中はカメラをオンにしていなければならないとか、働いているかどうかを確認するために監視する必要がある。というのもなんだか違うような気がするのです。

 

ハウス・ジャック・ビルト(R18+)

ジャックという連続殺人鬼が自分がやってきた人殺しを告白するという体で話が進行していくのだが、これがもう、殺人鬼の認知のゆがみがすごいのですよ。

で、このジャックという男は、それなりに社会的には成功しているように見えます。

自称建築家で建築用の土地を持っていたり、自宅を建築したりしているのでそれなりの資産も持っていそうです。

死体を隠すための大きな冷蔵庫も持ってますし。

一時的にも家族ぐるみで交際するような女性(再婚しているのか、それとも拾の親子関係なのかはわかりません、なんとなく女性の連れ子のような演出ですがそのあたりははっきりとし描写はないかな)や別に恋人のような女性が犠牲者というか被害者として描かれるので、女性から見るともしかすると魅力的に見える側面があるのかもしれません。

魅力的に見える部分は映画のストーリーとしては語られていないのですが、人間としてどこかが壊れているキャラクターはいやだなぁと思います。

 

世の中にはサイコパスと分類される人がいて、その割合は結構高いそうです。

いわゆる反社会性人格障害者の割合は100人に一人くらいと言われています。

つまり案外、珍しくはないということです。

仕事をしていくうちに
「このお客さん、ちょっと妙だ」
「この取引先は、いつも無茶振りばかりだなぁ」
というときは、案外サイコパスな人なのかもしれません。

世の中にはお金を払わなくても平気な人もいますし、平気で嘘を付く人も案外多いのです。
あなたの想像を絶するようなことを平気ですることのできる、もしかしたらそれを喜んでやっている人間が近いところにいる、そう思って世の中を眺めているとけっこう警戒心が強くなってくるのです。

そして、ネットの時代だとツイッターアカウントの向こう側にいる人間が、案外そんなサイコパスだったりするのかもしれません。

自分と違う意見や考え方を表現しているそのアカウントが、もしかしたらスゲコワなサイコパスで逆恨み野郎だったらめっちゃ怖いじゃぁないですか。

そういうふうに考えているので、炎上していたり、ものすごい行きおいで正義を振り回し怒りをばらまいている人を見ると

「なんでこの人は自分だけが安全だって信じられるのだろう?」

と羨ましく思うのです。

 

272

「272」これは今年見た映画の本数です。あとアニメとかドラマは1シーズンで1本でカウントしてます。まだ途中の呪術廻戦とかは含まれていないです。「約束のネバーランド」はシーズン1で1本です。

年間目標は300本なので、ちょっと足りなかったなー。

ロードショーで見に行ってよかったのは「糸」と「劇場版ヴァイオレットエバーガーデン」「異端の鳥」「パラサイト」「罪の声」

アマプラとかネトフリで印象に残っているのは「東京残酷警察」「殺人漫画」「コールドスキン」「残酷で異常」「武器人間」「Mama」「やるっきゃ騎士(中村倫也主演)」「若おかみは小学生」「黒い箱のアリス」「ガンホー」「ライト/オフ」「ひみつのアッコちゃん」「アンパンマンいのちの星のドーリィ」「死霊館 エンフィールド事件」「かくしごと(全12話)」「彼女の人生は間違いじゃない」「見えない目撃者(主演吉岡里帆)」「少女邂逅」「シェフ 三ツ星フードトラック」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「KUBO 二本の弦の秘密」「ミスミソウ」「悪の華」

「ストリート・オブ・ファイヤー」は今年は4回見てます。なんか見たくなる映画です。

「若おかみは小学生」も3回くらい見ました。

「アンパンマン いのちの星のドーリィ」は2回見ました。これはアマゾンプライムビデオで購入しているのでいつでもどこでも見られるくらい実は好きな映画です。

「彼女の人生は間違いじゃない」

「見えない目撃者(主演吉岡里帆)」

「少女邂逅」

「シェフ 三ツ星フードトラック」

「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」

この5本はもう一回見たいなーと思います。

 

冬休みは「約束のネバーランド」「新解釈・三国志」「天外者」「ビルとテッドの時間旅行」を見に行く予定です。

Nonさんの「私をくいとめて」は1月15日にから公開なので、できれば初日に見に行きたいです。それまでに原作読んでおこうかな。

ドクター・デスの遺産 小説版

そんなわけで、小説版の半分くらいまで読みました。

いやー面白いですね、半分なんですけど映画とぜんぜん違う。

プロットは共有されていますが、かなり削られています。

登場人物の変更も大きいです。

犬養さんは、綾野剛さんが演じていましたが、小説版だともっとオッサンな主人公です。

それから犬養さんの娘の紗耶香さんは映画版では小学生くらいでしたが、小説版だと17歳の女子高生だったりしています。

先に映画を見て原作を読むと小説の面白さがましますな。

そして映画の演出もあとからなるほどなぁとか、予算が厳しかったのかなとか、大人の事情とかあるのだろうか?なんてなことをいろいろ想像できて面白いです。

小説を読み終わって、あぁ原作に忠実な感じだなぁと思ったのは最近だと星野源さんが出ていた「罪の声」は面白かったです。

あとすげーどっちも怖いと思い出されるのは「黒い家」ですね。あれは映画も小説も怖かったですよ。

 

映画を見て「いまいちだったなー」ってときは原作を読んでみると取り戻せるような気がします。

 

ドクター・デスの遺産

映画「ドクター・デスの遺産」を見ました。

テレビ番組の2時間スペシャルっぽいオープニングでスピード感のある展開。

良かったです。

 

原作はもっと良さそうなので読みます。

さっきキンドルでポチりましたよ。

ちょっと読んでみましたけど、最初からもう全然ちゃうやんけ、これはもう、原作ファンの人は、そうとうガッカリしたかもしれないのではという予感がします。

でも映画には映画の面白さもあるので、やはり映画見て原作小説読むのは正しい。

だいたい映画化される作品(小説でも漫画でも)はめっちゃ面白いのが多いです。

なにせ映画化されたりドラマ化されたりアニメ化されたりするくらいですから、そのプロットは秀逸なものがほとんどです。

ただ、残念なことに原作が小説の場合、映像化するとかなりな確率でガッカリします。

小説読んで面白いと思って映画をみるとだいたいガッカリします。

(クーンツの作品なんかもう、ほんとに舐めてるのかっていうくらいガッカリするのが多い)

原案くらいにとどめて、まったく違う作品にすると、いい意味で期待を裏切られて面白いのですが、そうじゃない場合だいたい面白くないです。

小説を映像化して面白い場合は、

主役が変わっている 原作では男性だが映画では女性「リング」とか

主役の年齢が違う 「四月は君の嘘」とか

なんかもういろいろ全く違う  「漂流街」とか「愛と誠」とか「シャイニング」とか

原作とは全然ちゃうやんけ!というのがけっこう面白いです。

原作を読んで映画もよかったというのは、最近だと「ぼぎわんが来る」です。

なんで映画化したときタイトルを「来る」にしたんでしょうか?

そんな一般動詞だと検索しても埋もれてしまいます。

「ぼぎわんが来る」で良かったのに、それか「ぼぎわん」でもよかったんじゃないでしょうか。

 

それにしても死を扱ったサスペンスでは、犯人が普通の人であればあるほど怖い気がします。

快楽殺人者よりも普通の人がなにかのきっかけでよぎる殺人の本能みたいなものが浮き出ているとめっちゃ怖かったりします。

よくいう「一番怖いのは人間だ」というよな、ありきたりですけれどもよくある感想。

 

それにしても闇サイトで依頼するとかって、足がツキそうな気がするのですが、実際犯罪の痕跡を一切残さないとかできるのでしょうか?

個人的にはネットの匿名性については懐疑的(本気で調べてば個人の特定は可能)だと思っているのです。

 

 

MCU化する鬼滅の刃

正確にはMCU化というよりはハリーポッターやロード・オブ・ザ・リングみたいな感じで連作ににしちゃうといいんじゃないですかね。

たぶん、今回の無限列車編で制作費は回収できちゃってお釣りが来ていると思うのでアニプレックスさんにも余裕があると思うのですよ。

実際水面下で進んでいてほしいなと思っています。

「吉原遊廓編」「刀鍛冶の里編」「柱稽古編」「無限城決戦・前編」「無限城決戦・後編」というふうに作れば5本作れてしまうわけですよ。

3ヶ月か4ヶ月に1本の割合で公開していけば2022年までの売上は確保出来たようなものです。

興行成績が200億を突破して、まだまだ伸びそうな勢いですが、続編も200億以上は行くでしょうからシリーズ合計で1000億円を超えるのは間違いないんではないでしょうか。

 

放課後ソーダ日和

先日見た少女邂逅と同じ監督さんの作品。映画の最初と終わりに少女邂逅のミユリとツムギが出てくるのだけれども、物語に直接絡むことはないです。

世界線的には少女邂逅の5年後くらいの物語。

少女邂逅に出ていたお父さんはなんというか娘が自殺してしまうくらいですから、あまりいい父親ではなかったかもしれませんが、こちらの放課後ソーダ日和のお父さんは、男で一つで娘を立派に育てている良いお父さんです。

 

物語の終わりの方でお父さんが言う、「自由というのは○○ということなんだ」っていうのがホントそれということで、森田想(もりたこころ)さん演じるサナという女の子が、自分の娘と重なったりして、なんとなくホンワカした気持ちになったりして、まぁ機会があれば娘にも見てほしいと思ったりしましたよ。

 

それにしてもクリームソーダ700円(たぶん税込み)というのは、おじさんである自分の感覚でいうと

「高けーな、オイ」

700円あったら定食が食えるのに、あんなジュースに毛が生えたようなもので700円とかどうなんだ。という気持ちですよ。

というかオッサンがクリームソーダ頼むのはなかなか絵的に辛いものがあるのではないかなぁとも思ったりするのですが、そうは言っても結構甘いものも好きなので、もしかしたら注文するかもしれない。

というか、映画を見るとクリームソーダを今度注文してみようかなと思ったりもするわけですよ。