自民党新総裁決定

よく知らないんですけれども岸田さんっていう方が、次の総理大臣になるということですよね?
そして、10月に衆議院選挙がおこなわれて、与野党が逆転しない限り、岸田さんが次の総理になるという理解で間違いないですよね?

なんとか派とか、いろいろと派閥があるようなのですが、そのあたりはよくわからないし、あまり興味も無いのですが、河野太郎さんは、どうなるんでしょう?引き続きワクチン担当大臣なんでしょうか?それとも10月にはコロナもおさまってワクチンもとりあえずいい感じになったのでワクチン担当大臣というポストそのものがなくなってしまうような気もします。
あと、10月の選挙で林さんも当選して晴れて代議士になるとおもうので、そのあとどう進んでいくのか期待してしまいますな。

なんにせよ、2025年から2030年にかけての変化の兆しがちらほらと現れてきているので、今は、ちょっと縮むというか地味な展開になるので、しっかり基礎を固めていきたい。

そんなわけで今週は朝礼はナシで

そんなわけで、今朝の朝礼はやらなかった。世間話と言うか雑談っぽく話したり、あとはTeamsに流してみたりしました。

でもあんまりTeamsでチャットしたりとかはほぼしていないので、これを期に情報共有にもっと使おうよ、という機運を高めていくのもそれはそれでありかもしれない。

そもそも会議=Meetingの第一の目的というのはなんだかんだいっても情報の共有なわけで、掲示板でも交換日記でもなんでもいいので、情報が共有できるのであれば、何を使ってもいいのである。

とりあえず一日というか二・三日たってから社員さんに、なんか違いがあるかどうか聞いてみよう。

今日は、やらないことで3分くらい朝の時間に余裕があったくらいなので、もしかしたら朝の貴重な時間を3分間✕人数分とかんがえると生み出した時間というのはけっこう価値があるのかもしれない。

ほら、言うじゃないですか「朝の30分は、午後からの3時間に相当する」みたいなこと、言わない?

依頼する、助けを求める、

誰でもいいからよろしく

チャットツールやコミュニケーションツールを使っていると、ついついやってしまうのが「誰でもいいからよろしく」というような表現。

誰でもいいからよろしく

金子商会ではグループLINEとか使っているので、たまに自分も動けないときに、依頼事項なんかを流したりする。

で、依頼する方は「誰でもいいからやってほしい」ということであまり深く考えずに上の写真みたいな感じで流すのだけれども、それだと受け取った人は
(金子商会の場合は7人がこのメッセージを確認できる)自分がやるべきなのかどうなのかわからないし、読んだほうはなんだかモヤッとした気分になってしまう。

SlackでもTeamsでもなんでもいいんだけれども、いわゆるチャットツールとかコミュニケーションツールには情報共有ツリーなんかが設定していて、「誰でもいいからやってもらえると助かるなぁ」なんていうときは、個別にメッセージを送らずに、そのツリーに投稿してしまいがちだ。
たしかに、一人ひとりに送ったり、指名するのもめんどくさいし、本当にだれでもいいからやってもらったらいいや、という気持ちでもあるからだ。

けれども、そういう共有されたグループラインやツリーあるいは掲示板を使うときに、個人名を指定していないメッセージを送ると

「このメッセージを読んでいるあなたは
『誰でもいい』
『暇な』
『仕事してない(あるいは余裕のある)』
人なのだから、これやっておいてよ。」

というネガティブな認知を相手がもよおしてしまうのだ。
もちろん君はそんなことは思っていない「みんな忙しいだろうから時間のある人がしてもらえればいいや」くらいの気持ちなんだろうし、そういうネガティブな気分にさせようなんて思ってもいないのだと思う。

でも、相手を特定しない依頼をしてしまうと、相手に自分が意図することとは違った、間違った認知を与えてしまうというか、気づかないうちにネガティブなメッセージになってしまう場合があるということを忘れないようにしたい。

「だれでもいいからやっといて」
という指示はいろいろな会社や現場でよく聞かれると思う。

ドラマなんかのワンシーンでイライラした部長が、床に置いている商品かなんかに躓いて転びそうになって
「誰かこれ片付けとけ!」みたいなことを言ったときに
じゃあ誰が片付けるんだって言う話だ。
このシーンで描かれる上司というのは、あまりいいイメージではなく、駄目なキャラクターとして描かれている。

 

だれか一人がすれば解決する問題を「だれでもいいからやっといて」というあやふやな指示で依頼していまうと誰もが「自分じゃなくてもいいんだな」と思うのだ。

人は「誰でもできる仕事」にはやっぱり面白みを感じたり興味を持つことは難しいのだと思う。

「この仕事は君にしかできないよ」
「あなただったら、この作業ができるはず」
という伝え方と

「だれでもいいんでやっといて」
という伝え方では
どっちのほうが相手のモチベーションを高めるのかっていうことです。

 

報告は素早く

発注ミスとかでドカッと在庫が入ってから初めてミスに気がつくということはよくあります。
そんなときほどミスを隠したりしないで可能な限り素早く情報を共有するのが正解ですよね。

 

メーカーや仕入先への返品も入荷直後だったりするとなんとか対応してもらえることもあります。
これが黙っていたり隠していたりとほったらかして付きを跨いだり、3ヶ月ぐらい過ぎてしまうと「今頃言ってもどうしようもできないですよ」になってしまうので早いうちに対応しましょう。

ツイッターなどでよく見られる以下の光景も、隠さずにした対応がはやかったからこそですよ。
ごまかすのはよくないですな。

 

 

 

ユーザ工学入門


仕事の仕組みを作るというのは結局、本人に
「あぁ!こうするほうが楽ちんだ!」とか
「このほうが便利だし簡単だな!」というような気持ちにいかになってもらうかであり、そういうこころの動きというのは、工学的科学的アプローチが可能だと思うんですよ。

で、いろいろな情報共有や情報処理というのは、この数年間の間に飛躍的に発展しているので、パソコンを使用する、キーボードを利用するというこの2点だけを突破すれば、ものすごく効率が上がるのだと思います。
あとフリック入力もけっこうな速さになってきているので、スマホでのテキスト入力というのもスピードが早くなってきました。
さらには音声入力もかなり良くなってきていて、例えばグーグルマップで住所を検索すると地名変換が位置情報に紐付けられているからなのか、たいてい一発で変換されるようになってきています。

ユーザーというのは要するに社員、スタッフのことでもあるのですから、社員が使いやすいシステムとか仕事の流れなんかを考えて工夫して、結果
「ゼンリンの住宅地図よりも、グーグルマップの共有機能を使ったほうが楽だ」
住宅地図を見るためには、自席を離れて、地図が置いているところまでいって、住所索引を開いて、指定のページを開いて位置を確認する。
という一連の動作よりも、
グーグルマップの画面で、住所を入力し、出てきた結果から共有する。
というほうが、自席で全部できるし、楽だなぁ、一度この方法をすると、もう住宅地図使うのめんどくさい、
というふうになれば、そっちを使うようになります。

事務器具のレイアウト

動線を出来る限り短くしたり、手獣の手数を出来る限り減らしたりすること、いろいろ使えるので勉強になります。

1999年の書籍ですけど、基本的には今も変わらないです。

 

これは請求できないなぁ

何年か前の話。

お客様から某グリーストラップを注文があり、ウチの倉庫へ入荷。

翌日客先の現場へ納品。

梱包を開いてみたところ、ヒビが入っていたということで、さてどないしましょうか、ということがありました。

ダンボールで梱包されていて、基本的には入荷したときに段ボール箱が変形していたり、ぶつかった跡がなかったり、振ってみたら変な音がするなどしていない限り、わざわざ梱包を開いて中身を確認することはありません。

ですから、「梱包を開いたら壊れていた」とか「割れていた」という場合は基本的には製造不良を疑うんですけよ。

自社はいわゆる問屋ですので、メーカーに対してそのまま事情を言います。

「梱包を開いてみたらヒビが入っていた。返品交換できますか?」

メーカーからの回答は

「製造不良かどうかわからないから、返品交換はできません」ということで、ちょっとがっかりしました。

で、こういうときはどう対処するのが、お客様にとってありがたいのか?または次の仕事につながるのか?そして印象がカッコいいのか?

を考えて、

「不良品は弊社が見破れなかったのがミスです。新品と入れ替えます。」とお客様に。

メーカーに対しては「製造不良ではないというのは、本当なんだろうから、新しいのを送ってください」

ということで、不良品代は丸かぶりしました。

ウチの倉庫で壊れてしまったか、配達納品の段階で壊れたか、そういうことでしょうな(違うけど)

メーカーの営業マンさんは、そのあとお詫びに来てまして、まぁ本社の方はそういうしかないよねーみたいな話で、お礼のみで、値引とかはなかったです。

 

で、お客さんには追加請求とかはなしで、そのまま新品を納品。その後

半年くらいして、別の現場でまたグリーストラップの注文をいただきました。

 

 

責任を取るというのは、「カッコつけるまたとない機会」だと考えて対処するといいんじゃないでしょうか。

ちょっとしたやせ我慢も必要でしょう。

痛みとかもあるかもしれないです。

損したなぁと思う部分もあるでしょう。

 

なんか大きなミスとか失敗で損害が生まれたときに、

「こうするとカッコいい」という基準で対処するといいのではないかと思います。

 

そうすると、相手が無茶なクレームで、へこへこ単に要求を聞くだけ、というパターンも

「なんだよ、へーこらしてるだけで、カッコワルイ」ということで聞く必要もなくなってくるので、

ぜひともミスの処理をするときは「カッコいいかどうか」「イカスやりかたかどうか」で判断するといいでしょう。

失敗のリカバリーは伝説の生まれるいい機会です。

 

転職とか引き抜きとか

ぼんやりと考えていることなんですけれども、会社と従業員のいわゆる「雇用関係」について思うこと。

終身雇用がなんかなくなってしまったのは、企業や業界の成長期というのが終わってしまい、昇進とか昇給がけっこう固定されていたり、企業そのものの寿命が尽きてしまったりとか、原因があるのだろうかなと思っています。

例えば1960年代設立の会社っていうのはけっこう多くて、家の会社も設立は1967年なんですよ。

で、周りを見渡すと創業60~90周年という会社はけっこう多いです。

というか生き残っている会社はけっこうそのくらいの年令の会社が多いです。

で、60年代に創業した会社というのは、日本の高度成長期に合わせて、実際、なにもしてなくても日本市場の規模の増大とか人口の増加に合わせて成長して行けていたのだと思います。

これという変化や成長を指定なくてもマーケット自体が大きくなってたから、特徴的なことや経営理念や戦略がなくてもけっこう会社が成長できたわけです。

1960年に二十歳で就職して、60歳になる40年後の2000年まで務めるという終身雇用制度がうまく言ったのは、なんだかんだ言っても人口が増えて市場(つまりは購買者)が大きくなったからこそ成り立ったと考えています。

で、時代は2020年なんですが、

下関なんかはもう毎年のように人口が減ってきてまして、もうこれは事実として変えられない動きなわけです。

2050年には、バブル期に30万人いた人口が20万人以下になってしまう、その上高齢者が割合として多いということですよ。

そうなると終身雇用というのは、なかなか難しい。

1960年代→2000年 の成長カーブと同じような右肩上がりのマーケットというのは下関には存在しないわけです。

 

でまぁ、優秀な人材は引き抜かれたりとか転職したりが普通になるのかなと思っているのですが、

例えばうちの会社の場合、金子商会に勤めて新人研修やら商品知識のOJTやらで3年から5年位がすぎるとけっこうな知識が身についたり、あるいはビジネスマナーというのもそれなりに身についたりすると思います。

そうして手塩にかけて育てた人材を、取引先に引き抜いてもらうという戦略というのもありかなと考えたり。

 

会社の経営理念や存在意義、あるいはキャリアアップシートなどを明文化して、誰にでもアクセスすることで、取引先、つまり金子商会でいえば仕入先のメーカーや商社さんが、引き抜くというかヘッドハンティングするのもありなのかもしれないと考えたりしています。

で、何年かがすぎると

  • 「あの会社の社員であれば間違いない」
  • 「あの会社の事務員さんは有能だ」

という評判が立ったりして、仕入先の所長さんが、

「お宅の事務員さんをください!」

というような話になったりして。

「えー、ただじゃやだなー」

「じゃあ○○万円契約金を払うよ」

というような会話がなされつつ、なんと申しますかプロ野球の金銭トレードのような転職のありかたというのが普通になっていくのかもしれない。

ここでいう契約金というのは、その社員を育てて、これから会社で利益を出してもらうつもりが、いきなり転職を打ち明けられて昇進している零細企業の経営者がいただくものなのですよ。

 

ちょっとわかりにくいですな。

 

うむ、自分の給与を増やしたいと考えるなら、働く企業を変えるか、はたらく業界を変えるしかない、という考え方が普通になっていくと思う。

終身雇用でも家族のような雇用関係でもなくて、学園祭の前日の夜食を楽しんだような契約関係でもなく、パート・アルバイトのようなつながりでもない、働き方に合わせた会社の辞め方が、明文化していくのが2021年なのかな、と考えたりしています。

棚卸とか整理整頓とか清掃とか

100%完璧に理想通りというわけではないのですが、棚卸しの必要がないくらい整理整頓と清掃ができているように毎日「棚卸」という名の業務を行っています。

棚卸の目的は何かというと、

「在庫金額を正確に把握する」ということです。

なぜ在庫金額を正確に把握しなければならないのか?

それは決算をするときに、この数字がいい加減だと、利益ができているのかどうか正確に把握できないからですな。

実際は売り物にならないような商品でも在庫として金額をつけて計上していしまうと、本当の利益よりも多くなってしまうということがおきてしまうわけですよ。

もう10年も動いていないものは、在庫として数えないで廃棄処分するなりしないと意味がないです。

倉庫に転がっている資材でもう何年も動きのないものは、ゴミ以下だったりするので、定期的に処理していく必要がある。

捨てるときに、もったいないなぁと感じることもあるのですが、断腸の思いで廃棄処理をしたりするわけですよ。

決算で利益ががっぽり出たときに、在庫の廃棄処理をしたりすると税務署さんに突っ込まれたりするので、それはやめたほうがよくて、

やはり日々の業務の流れの中で、こまめに売れ残ったものとか、不動在庫品は処分していかないといけない。

そのためにも日頃の整理整頓清掃は大事で、

在庫管理の理想というのは、一瞬見ただけで在庫数が正確に把握できるような仕組みにするのが一番なんだろうと思います。

枠を作ってその中に入れるようにするとか、いろいろ方法はあるのだけれども、めんどくさくてやっていない部分もあるので反省の毎日ですよ。

仕事はめんどくさくて地味なことばっかりですよ、けれどもそういう部分を、コツコツと地道に積み重ねるのが、結局は一番強いのだろうと思います。

一年二年続けたくらいではあまり意味がないような気がしますが、5年10年が過ぎたときに、そういう地味な積み重ねをちゃんとしていると、そういう企業が結局は強いのだろうなと思います。

 

ネットとかビットの時代になって、ビジネスの結果が半年とか一年とか、そういうスピードで、素早くガンガン回して処理していくのが大事だ!というような風潮の中でつい忘れがちになってしまうとは思うのですが、やはり10年間続けるとか20年間続けるとかでついていく企業の体力もあるような気がする。

 

 

と、ここまで書きながらも、そういう地道な積み重ねの部分をオートメーション化して全く新しい物流管理システムを作り上げるというのはありなのかもしれないし、そっちが主流になるのかもしれない。

規模とかスピードとか自動化と24時間化とか、スケールによって最適解が変わってはいくとは思う。

倉庫の在庫管理についてはまだまだ見直すべきところが大きい。

というか、お仕事は面倒くさいとの戦いだなぁと思う。

いや、ほんとうにめんどくさいことばかりだから、せめて機嫌よく笑顔で毎日過ごそう。

夏休み

明日から16日までの四日間夏休みで会社はお休みです。

弊社のお客さまは基本的にはプロの業者さん、いわゆる水道設備店さんになります。お客さんも同じように休みですし、仕入れ先もだいたい同じような日程で休みになります。

流通の川上の方にある資材メーカーさんなんかでは先週の8日からすでに休みの会社もあったりして、今年は最大9連休というのが羨ましい企業さんということになります。

弊社も11・12日は休みにする予定でしたが、仕事をするお客さんもけっこういるということで、営業することになりました。

で、本日の業務も残すところ30分くらいになりました。

この時間帯になるとお客さんもすでに後片付けモードに入っているので注文の電話というのはほぼありません。

自分も書類を片付けたり、ちょっとゴミをまとめておいたりして休みの準備をしたり、休み明けの段取りを書き出したりしたところです。

今はこうしてブログを書いておりまして、この文章を書き終えて更新すれば本日の業務もほぼ完了ということになります。

今年は夏休みが短く、また次女に関して言えば来年の高校受験を控え、たくさんの宿題と塾の課題でヒーヒー言っております。

それにしても、今年は夏休みっぽい感じがしないですね。

出かけるにも気が引けてしまいますし、ショッピングというのは不要不急な部分が大きなものですから、とりあえず中止にしたり延期にしたりなりがちですな。

うちの娘はショッピングというか買い物が好きで、好きあらばイオンについれていけだのゆめシティに行くだの言っております。

なんかほとんどコロナとかは気にしていない模様。

手洗いをするとかマスクをするとか人混みは避けるとか、そういう基本的な行動をしていたらまぁコロナとかそう移りはしないのではないかという考えだそうです。

この盆休みの間に家のPC環境をレベルアップして来たるべきリモートワークな時代に対応すべくいろいろやってみる予定なのであります。

とりあえず仕事部屋がルーターの置いてあbpsるリビングルームと距離があって仕方なくPLCを使ってLAN接続しているのだが(電波が届かないのよ)下りが5Mbpsくらいしか出ないので、天井裏に潜って穴を開けたりしようと思ったりもしたのだが、この暑さで死ぬかもしれないので、その作業はもう少し寒くなってからやろうと思った。

一応、下調べで天井裏を覗くくらいはやってみようと思っています。

買うか借りるか

アパートを借りたりするときに家賃はどのくらいなんだろうか?

下関の自分が住んでいるところだと、1DKで3万円くらい。

二人暮らしなら5~6万円くらいの2LDKとか3DKくらいだろうか。

高い一戸建ての借家だと9万円とか10万円という家賃もあるのだ。

月に十万円の家賃だとすると

「それって住宅ローンとか組めば家がかえるのではないか?」と考えてしまう。

住宅ローンで毎月8万円というのはけっこうな金額だ。

月の家賃がそれをこすなら家を買ったほうが安い気がする。

もちろん固定資産税だとかの税金もあるし、何年かに一度は塗装をしたり補修をしなければならなかったりで、経費とか積立のようなものも必要なのはわかる。

自動車にしてもリースするのがいいか所有するのがいいのか、それとも必要なときにレンタカーを借りるのがいいのか、いろいろあると思う。

通勤するのに自動車が必要であればレンタカーというのは、逆にコストが高くなるよね。

商品やサービスを購入するのか借りるのか考えるときには、

どのくらいの頻度で利用するのか、

維持費はどのくらいかかるのか、

得られる満足や快感はどれほどのものか、

どの程度安心をえることができるのか、

利益をどのくらい生むことができるのか、

そんな諸々のことを考えて、その商品だかサービスだかが、どのくらいの耐用年数があるのか、というのを計算して買うか借りるか判断する。

人はまぁとりあえずは論理的な基礎判断をしているつもりであっても感情に流されてしまう部分が多い。

そんでもって、今現在や戦時中のようになんらかの変化の真っ最中だったりするとあんまり長いスパンでの利用というのは、計画通りに進まないように思う。

長くて5年、実際は3年半くらいが耐用年数ということを考える。

42ヶ月で、元が取れたなと思うことができるか、なのかなと思う。

「このサービスに対してだったら月5000円ぐらい払ってもいいかな。」

と思った時、5000円✕42ヶ月=21万円ととりあえずの金額をけいさんして、

じゃあ今買ったら、30万円だとか、12万円だとかで、買ったほうが得だなとか損だな、と思うわけです。

それを所有したり利用したりすることで付加価値を生み出したり、誰かの役にたちたいと考えることで、また新たな価値が生まれたりもする。

時間を節約することができるとか、気持ち的に前向きに慣れるとか、具体期なメリットはなんなのかなどだ。

会社のトラックを買い換えるときも、いろいろ考えるのだ。